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    13、手付金

 「次はどこでしたか?」 


 おつるは戸を叩いてみることもせず、和助に聞いた。


「はい、魚善さんです」


「行きましょう」


 おつるは速足でさっさと歩いた。男の和助が駆け足のようにして後に続いた。


 今日中に百五拾両を集金しなくてはならない。魚善はすぐ近くだった。まだ午前中で客はまばらだった。


 店前を通り過ぎ、店横の勝手口から声をかけた。


「山形屋でございます。奥様をお願い致します」


 女房が奥から出て来た。


「おつるさんでしたか、何事かと思いました。お支払いにはまだ早いし…」


「いえ、実はそのお支払いをお願いに参りました」


「良いですよ。いつお支払いしても同じですから、お幾らでしたか?」


 女房はわけも聞かず、聞き返した。


「はい、16両と2分でございます」


「じゃ、2分はおまけにしてね」


 にっこり笑いながら訊く。


「はい、そうさせていただきます」


 おつるは丁寧に頭を下げる。


 人通りの多い町中で、やくざ者とのもめごと。山形屋の借金のことは町中に知れ渡っていた。


 おつると和助の歩く姿を見て指さす者もいた。おつると亡くなった姉は、川越の美人姉妹として知らぬ者はいない程であった。


 その後、午前中5軒回った。集金出来たのは2軒だけだった。魚膳の12両と合わせて38両である。後、百拾弐両。


 おつるは和助と店に戻った。今日は松崎様を空腹にさせてはならない。飯を炊き始めた。おかずは朝用意して置いた。

 

 松崎と手代二人の前に、大皿に大ぶりの握り飯12個。深鉢に厚揚げと大根の煮物、中皿に厚切りのたくあんが並んだ。


 その間、帳場におつるは座った。手代に聞くと朝から一人の客もなかったそうである。昨日もそうであった。


 おつるは暗澹たる気持ちになっていた。その時、旅籠川越屋の若旦那が入って来た。

おつるは驚いた。何かわけがあっての来店だろうと思ったが、


「いらっしゃいませ。昨日は偶然とは言え、突然のご訪問。驚かせて申し訳ありませんでした」


 両手を付いて丁寧にお詫びの挨拶をした。


「いえ、とんでもありません。山形屋さんとわかって返って安心致しました。どこかでお見掛けした人だと、女房共々不安になっていました。おつる様だとわかって、女房も安心致しました」


「あの日は、旅先での悪夢です。夢は冷めました。奥様がこれから良い夢を見られるかどうかは、旦那様次第です。同じ思いをした私からも、奥様の事よろしくお願い致します」


「心あるお言葉ありがとうございます。お侍様にもよろしくお伝え下さい」


「奥におります。呼んで参りましょう」


「いえ、また改めてお伺いいたします。実は、今日はお願い事もありまして伺いました。来月9月に私の4代目披露を行います。紋付から一式誂えたいと思います」


「それはおめでとうございます。精魂込めて作らせていただきます」


「それと女房にも、その晴れの日にふさわしい着物を誂えたいと思います」


 と言い終わると、懐から巾着袋を取り出し中から五拾両の包みを二つ取り出した。


「これは手付金です。それと前回のお支払い分14両です。お納め下さい」


 巾着袋から小判を14枚、百両の横に並べた。おつるは言葉を失った。


「女将さん、残りは出来上がりました時にお支払い致します」


「まだお品もお決めいただいておりません。それに、川越屋様には手付は必要ありません。どうぞお納め下さい」


「それでは早速品定めをさせて下さい。女房の着物はお手数おかけしますが、宿に来ていただきたく思います」


「ありがとうございます。ただ、川越屋様からは手付はいただきません。出来上がってからで結構でございます」


「いや、それは困ります。襲名披露は来月でございますが、実際には引き継いでおります。手付とはその意味がございます。儀式の一つです。どうかよろしくお願い致します」


「儀式でございますか。若輩とは言え無知でございました。ありがたく頂戴させていただきます」


 川越屋夫婦は昨日おつるが帰った後、同業に山形屋のことを聞いた。意外な話だった。借金に追われているらしい。


 その借金は、養子とした店主吉蔵の博打での借金である。夫婦は、命の恩人に報いるため知恵を絞った。


 そこへ食事を終えた手代の治助と和助が戻って来た。

 


「いらっしゃいませ」


 二人は口を揃えた。


「旦那様、お久しゅうございます。いつもご贔屓にありがとうございます」


 治助が両手を付いて挨拶をする。後ろで和助も両手を付いて挨拶。


「旦那様が4代目をお継ぎなされました。来月、襲名披露をなさいます。その一式をお誂え下さいます。治助、最上の物を選んで下さい」


「はい、承知致しました」


 その時、松崎が戻って来た。帳場に座ろうとした時、川越屋は松崎に気付き、立ち上がり前に行き深々と頭を下げ、


「先日はありがとうございました。おかげ様で生きております」


「おお、あの時の。元気そうで何よりだ。女房殿も元気かな?」


「はい、おかげさまで元気に致しております」


「それは良かった。しかし、ここが良く分かったな」


「はい、昨日偶然女将さんが私共をお訪ねになり、今度山形屋さんを継ぐ事になりましたとご挨拶に来られました」


「ほう、それは偶然だな。して、今日は?」


「はい、私も今月から4代目を継いでおります。来月襲名披露を行いますのでその着物一式をお願いに参りました」


「旅籠屋川越屋さんと申しまして、この川越で一番の旅籠屋さんです」


 おつるが言い添える。


「先生、襲名披露においでいただきたいのですが、いかがでしょうか?」


 川越屋は遠慮がてらに言う。


「うん、そうしたいが来月から旅に出るやも知れん。考えておこう」


「ありがとうございます。是非お待ち申し上げます」


 この後、川越屋は着物一式を選び帰って行った。明日は治助が川越屋へ出向き奥様の着物を選ぶ。


 仕立て上がりまで25日しかない。治助は難しい仕事程張り切る。仕立てをどこに頼もうかと心づもりした。


 おつるの部屋に松崎は同道した。


「松崎様、ご心配おかけいたしましたが、三百三拾両用意出来ました。明日の立ち合いよろしくお願い致します」


「さすがだな。して、何刻頃になるかな?」


「それがわかりません。ご迷惑おかけいたしますが、どうぞよろしくお願い致します」


                       つづく

次回は9月10日朝10時に掲載いたします