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    11、用心棒

 顧客は武家の方が多い。しかし、決め事やしきたりにうるさい。まして、俸給の冬切米はまだ4か月も先である。


 初めに訪問したのは造り酒屋であった。大口の顧客である。おつるが手代修行中、女の手代は珍しいと夫婦で名指ししてくれた。


 山形屋では上お得意様で、夫婦で毎回20両近い買い物をしてもらっていた。今回は多めの32両と記されていた。


 店に入ると、何かの挨拶回りかと思われ、旦那に奥の客間へ通された。恐縮しながら日頃のお礼の挨拶をすると、


「元気で何よりだ。近頃はお店に出ていないと聞き、心配してましたよ。色々耳に入ってくるが、頑張るのですよ」


「はい、ありがとうございます。実は今日はお願いに参りました……」


「ほー、何かな?私に出来ることかな?」


「お支払いはまだ大分先のことですが、出来ればお支払いを戴けないかと思いまして……」


「何だ、そんなことですか。お安い御用だ。お幾らでしたかな?」


 旦那はその理由も聞かず、すぐに支払いをしてくれた。おつるはその深い人情に触れ、涙が込み上がってきた。


 祖父、父と積み上げてきた山形屋ののれんのおかげであろう。おつるは再建を心に誓い、さらに5軒の顧客を回った。


 山形屋のことは噂になっていたのだろう。どの店もわけも聞かずに支払いをしてくれた。6軒で百参拾五両の集金が出来た。


 刻は夕7つ半(17時)近くになっていた。今日最後の顧客回りである。町一番の旅籠、名を川越屋と言った。


 店先で山形屋です。旦那様にお会いしたいと伝えると、若旦那が出て来た。顔を合わせた若旦那とおつるは絶句した。


 やや間があって、若旦那は口を開いた。


「どうぞ、お上がり下さい」


 若旦那が不安気な顔をして言う。


「いえ、ご挨拶だけです。ここで失礼致します」


 若旦那はさらに不安になった。


「お聞きしたいことがありますので、お上がり下さい」


 おつるは誤解されているのがわかった。店先では、二人の客が女中に足を濯いで貰っていた。


 若旦那の誤解を解かなければならない。しかし、客の前である。話は出来ない。おつるは上がって行った。


 店奥の客間に通された。部屋に入ると、若旦那はぴたりと襖を閉めた。おつるは出された座布団を左に外して座った。


「先日はありがとうございました。ご恩を受けながら、ご挨拶もせず立ち去りまして、誠に申し訳ありませんでした」


 若旦那は両手を付いて深々と頭を下げた。


「いえ、こちらの旦那様とは知らずにお伺い致しました。どうぞ誤解なさらずに下さいませ」


「先月父が体調を悪くしまして、急遽5月から父と代替わりをしました。ご挨拶を致しませんで、こちらこそ失礼しました」


 若旦那はまだ不安が抜けない顔をして、言葉を続けた。


「ところで何のご挨拶でしたか?」


 おつるは座り直し、両手を付いた。


「この度、わたくしが店を引き継ぐことになりました。お得意様へご挨拶回りををさせていただいております。これからもご贔屓に、どうぞよろしくお願い致します」


 短い口上だが、若旦那はほっとした顔をして、


「それはおめでとうございます。今、女房を呼んで参ります」


「いえ、よろしくお伝えくださいませ、これからまだご挨拶回りを致しますので、今日はこれで失礼致します」


 川越屋には、とても支払いの話は出来なかった。おつるは和助を伴って帰って行った。


 暮6つ(18時)の鐘の音に、おつるは手代二人を帰した。手代の治助と和助は嬉しそうに帰って行った。


 店主吉蔵の逃亡で、店は潰れ、働き先を失い絶望の日々を送っていた。二人には地獄から天国のようであった。


「おつるさん、今日は泊めてくれないかな?今からでは江戸には帰れない。明日の朝、江戸へ帰ろうと思う」


「そのつもりでおりました。用意致しております。こちらへどうぞ」


 そこは売り場から廊下でつながる客間である。3部屋ありその中で最上の部屋である。上客接客に使う12畳の贅を尽くした部屋であった。


「お風呂も沸いております。お入りください。その間にお食事を用意いたします」


 風呂は和助に用意させて置いた。おつるはその間に食事の用意を大方済ませて置いた。


 松崎が風呂から上がり、用意された浴衣を着て、うちわを用いながらくつろいでいると、


「お食事をお持ちしました」


 おつるが箱膳を持って入って来た。膳には小鉢が3つとお銚子が2本付けられていた。


「今日はありがとうございました。お食事の前におひとついかがですか?」


「ありがとう、いただこう」


 松崎は酒を口に含みながら、


「おつるさん、後の百四拾五両は大丈夫かな?」


「はい、明日中に何とかお願いして回るつもりです」


「そうか、だが、市松の旦那に相談して来ようか?明日江戸へ帰り、とんぼ返りしてくれば明後日に間に合う」


「いいえ、これ以上のご迷惑はおかけ出来ません。必ず用意します。それより松崎様にお願いがございます」


 松崎様と改めた言い方をした。


「なんだ、言ってみなさい」


「明後日の返済に立ち会っていただきたいのです」


「帰りが2日伸びている。さらにあと2日か」


「取り立ては無頼の人達です。心配なんです」


「うーん、それは考えられるな。やくざ者だからな」


「松崎様、お願い致します」


「拙者は用心棒だ。これは別口だ。別料金を頂くぞ」


「はい、そのつもりでおります」


「冗談だ!乗りかかった船だ。立ち会ってやろう」


「ありがとうございます。よろしくお願い致します」


 おつるは安心したのか、嬉しそうに顔を笑みいっぱいにして松崎に酌をする。

 次回は8月27日火曜日朝10時に掲載いたします