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  10、大家の立腹

 熱からずぬるからず、丁度良いお茶加減だった。緊張で喉が渇いたせいか、酒でも飲むようにぐっと飲んだ。


「どうぞ、」

 美乃は俊介が湯呑を下に置くと、すぐにお茶を注いだ。湯呑の中は空だった。美乃はよく見ていた。


「美乃さん、いよいよ明々後日開院ですね」


「はい、でも心配なのです。兄は一途ですから開院のことしか考えていませんが、実は問題が色々あります」


「何でしょう?話していただけませんか?」


「ここは裏通りの奥まったところの長屋です。ここにある町医者を、誰が知りましょう」


「確かにそうですね」


「かと言って、町医者がいますよと触れ回るわけにもいかないのです。人様の病気を待ってるようで不謹慎です」


「しかし、江戸には医者が不足しています。この広い深川ですら町医者は二人です。しかも往診のみです」


「ですから兄は、この深川には医者はいないも同然だと言います。病気の人は困ってるはずです」


「困った人が薬種屋を頼りにする理由ですね。しかし、知識とお金がなければそれも利用出来ない」


「そうなんです。庶民の私達は金銭面でも薬種屋には行けません。兄はその事でも頭を悩ませているようです」


「失礼を承知でお聞きしますが、薬種調達資金は大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。8年かけて貯えて来ました」


 俊介には多少の貯えがあった。そのつもりで聞いたのだが、それ以上は聞けなかった。


 そこへ市之進が帰って来た。大きな風呂敷包みを背中に、両手に一つずつの風呂敷包みを持って。


「やー!佐久間さん。あれから来ないから心配していたよ。ひょっとして気でも変わったかなと思ったりして」


「それは無いですよ。お貸しいただいた大和本草に夢中になっております」


「それにしても、よくも8日で読んだと思う。しかも要点を写し取ったとは凄いことだ。私は読むのに2年かかった。佐久間さんの頭はどうなっているのだろうな」


「ただ、面白いから読んだだけです。そんなことより、明々後日開院ですから、何かお手伝いでもと思って来ました」


「それは助かる。これから棚や箱をを作ろうと思っている。六畳しかないから、半分の三畳を有効に使おうと思っている」


「わかりました。早速始めましょう。何から始めます?」


「板と桟木は昨日買って来てある。寸法を測って線を引いて貰いたい」


「兄上、お茶が入りました」


「ありがとう。ここで良い」


 市之進は立ったままお茶を飲む。


「じゃ、早速だが佐久間さん手伝ってくれ!」 


 市之進ついて行くと長屋の外壁の横に、板と桟木が並べて置いてあった。二人はそこで棚を作り始めた。


 一刻ほどで棚が出来上がった。縦5尺横3尺奥行き1尺の5段の棚である。二人で引き戸のある左壁につけて置いた。


 続いて部屋の中央に、晒しを縫い合わせて作った幕を下げた。幕と同じように左に寄せることが出来た。


 簡単だが見事に3畳間の診療所が出来た。横たえての診察も出来る。夜は幕を左に寄せて6畳の寝室になる。


 幕で仕切った三畳間に昼飯が用意されていた。おにぎりに、目刺しと厚揚げの煮物、きゅうりのぬか漬けそして豆腐とねぎの味噌汁である。


「佐久間様、お食事が出来ました。どうぞ召し上がって下さい。兄上も」


「おい、おい、俺は付け足しか!」


「そうですよ、見てると兄上は口ばかりで殆ど佐久間様がお作りでした」


「見てたか。俺は不器用だからしかたないんだよ」


「兄上!言い訳とは情けないですよ」


 市之進は言い返せなくて、悪口を言った。


「佐久間さん、美乃の作ったまずい昼飯だが我慢して食べてくれないか」


「美乃さんの料理でしたら何でも食べます。美味しいですから」


「食べもしないで良くわかるな!」


「先日いただきましたから良くわかっています」


「佐久間様、冷めないうちにお召し上がり下さい」


 俊介はおにぎりを三個食べた。梅干し入りだった。うまいおにぎりだ。塩加減が絶妙だった。


 豆腐の味噌汁も煮干しのだしが効いて旨かった。思わず美味しさに笑みがこぼれた。


「美乃さんお代わり良いですか?」


「はい、どうぞ。嬉しいですね」


 その時、勝手に引き戸を開けて入って来た男がいた。大家だった。


「榊様いらっしゃいますか、大家です」


 立腹した物言いである。


                       つづく

次回は12月4日火曜日朝10時に掲載します