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          1、道場破り

 「思ったより少なかったな」


「3か所とはな、後は大きい道場だけだ」


「しかし、本所が2か所だから、こんなものかも知れん」


「同業が横行していると見えて、挨拶金はどこも一分だ。しけたもんだ」


「町道場には知れ渡っているようで、どこも同じ金子だ。さっきの道場は初めから用意してあったようだ」


「武士の一分から来ているのだろうが、武士の一分も情けないものだ。もう1本貰うか?」


「よせよせ、このくらいにして飯にしよう。これからしばらくは、飯の種は無いからな」


「ちょっと一か所、気になっているところがある」


「どこだ?大きい道場は駄目だぞ」


「わかってる。手強いからな。だが、おぬしの一刀流の敵ではないような気がする」


「だから、どこにあると聞いているのだ」


「この店の途中だ。昨日は一緒に来たから通り過ぎた。今日は、先に来たからちょっと寄ってみた」


「あの道場か?深川一刀流だな。あれは大きな道場だ。剣客が揃っているだろう」


「ところがだな。変わっているんだ。師範代と思うが片腕なんだ。あれで良く教えられると思う」


「なに!片腕か?」


「そうなんだ。そのせいか弟子は町人と職人が殆どのようだ。しかし、盛況だな。100人以上の弟子はいると見た」


「そんなに盛っているか?」


「それが笑っちゃうよ。みんな片手で稽古しているんだ。あんなの見たことないな」


「馬鹿な。刀の真髄を知らないからだな。だから町人や職人の弟子なんだ。よくも一刀流と名乗っているな」


「身共もそう思う。だから大したことは無いのではと思う。大きな道場だが田舎道場よりも質が低いのではと…」


「その片腕の師範代らしき男はどんな奴だ?」


「あまり表情のない男だ。剣気等全く感じない。書生のようなおとなし気の顔をしている」


「歳は?」


「40歳近いだろう。よくも師範代が務まると思う。身共が思うに、おぬしの腕にはとても及ばぬと思うが…」


「師範はそれだけか?」


「後二人いるようだったが、大したことは無いと見た。こっちは両手揃っているがな」


「うむ、これまで大きな道場は避けていたが、そう言う道場もあるんだな。明日行ってみるか?」


 昼八つ(14時)を過ぎて、道場は喧騒のごとき熱烈な稽古中であった。玄関先に、それに負けぬような大声がする。


「頼もう!…。頼もうー!頼もうーー!」


 まだ新しい道場だ。開け放たれた道場玄関は木の香りがする。道場内の喧騒に声が届かない。大声も限界だ。


 二人は草履を脱ぐと勝手に上がって行った。玄関の板間は道場の板間と続きになっている。そのまま進んだ。


「お待ちください。どちら様でいらっしゃいますか?」


 立ち合い稽古中の弟子が気付き呼び止めた。


「いくら呼んでも応答がない。上がらせて貰った。道場主はいるか?」


「少しお待ちください」


 小走りに師範の谷崎の方へ向かった。太吉が気付いて、


「どうした?」


「先生、お客様です。道場主に会いたいと言っています」


「よし、わしが出てみよう」


 道場入口に浪人風の男が二人立っている。太吉を見ると挨拶も無しにいきなり、


「ずいぶん若いな、お前が道場主(ぬし)か?」


「いえ、師範代を務めております。何の御用ですか?」


 太吉はぴーんときた。道場破りだな。最近途絶えていたが珍しい。


「深川一刀流とはずいぶん大きく出たな。拙者は小野派一刀流の流れをくむものだ。道場主に一手(ひとて)お手合わせを願いたい」


「お待ち下さい。伺って参ります」


 太吉は戻って行った。二人は首を傾げた。通常なら別室へ案内されるのだがここに残されたままである。


 別室に通され、一分金の入った紙包みを渡される。その後は客のふりをして帰って行くのである。


「面白い!立ち会うつもりだな」


「そのようだな。あんな若造が師範代だと。今日はおまえが先に手合わせをしてみるか?」


「良いね。たまには、手合わせをしないと腕が鈍る」


 そこへ太吉が戻って来た。後ろに片腕の男が無表情で立っている。


「先生、この方々です」


「お手前方か、お手合わせをしたいとおっしゃるのは」


「そうだ、一刀流と言う名が気に食わん!拙者は小野派一刀流の流れをくむ、稲垣源蔵と申す。一手ご教授願いたい」


「拙者は柳生新陰流の流れをくむ、松永克之進と申す。同じく一手お手合わせを願いたい」


 二人とも剣の流派を言い切らず、流れをくむと言い回す。道場破りのきまり言葉だった。


「わかりました。こちらこそご教授いただきましょう。どうぞお入り下さい」


 谷崎は無表情に丁寧に答えた。


 道場内は谷崎の「止め!」の声に門下生は壁に沿って並び座り、様子を見て静まりかえった。


 太吉が二人の前に来て、


「得物は何になさる?竹刀、木刀いずれか?」


「別室での話はよろしいのかな?」


「必要はござらん。何になさる?」


 道場破りには別室で金を渡す。受け取ると立ち会っただけで「尋常ならぬ気配。参りましてござる」と立ち去る。


「後悔するぞ!木刀にする」


 様子を見て谷崎は木刀を手に道場上手に立つ。二人は木刀掛けから木刀を選び出すとそれを手に谷崎の前に立つ。


「どちらが先かな?」


「わははは、は。どちらがとは聞いてあきれる。我らを何と心得おる。一刀流と新陰流の武芸者として巷に有名だ」


「いや、知らぬ」


「知らぬは偽物の証拠よ。一刀流と名を騙るでない!これから一刀流の真髄を見せてとらす。覚悟しろ!」


「心得た。存分に見せてもらおう。では、どちらが先かな?いや、二人一緒でも構わないが…」


「戯けたことを言う!拙者が先に一刀流の真髄を見せてやる」


 かーっと来たようだ。顔を赤くして稲垣源蔵は、つつーっと5歩ほど下がり、木刀を正眼に構えた。


 谷崎は左足を半歩後ろに引き、右手にだらりと木刀を下げた。下段の構えである。


 稲垣は正眼に構えた。薄ら笑いを浮かべていたがさっと消え、見る見るうちに血の気が引いた。


 どこからも打ち込めない。隙がない。それどころか下段に構えた木刀が身体のどこにも迫り来る。身動き出来ず。


 身体から脂汗が噴き出る。構えたまま身じろぎも出来ない。意を決して、


「参った!尋常ならぬ気配。参りましてござる」


 日頃、一分金をせしめると、相手を侮り吐いた言葉であった。今は死の恐怖におののいて頭を下げた。


「次の御仁」


 谷崎は静かな声音で言った。松永は稲垣が自分だけ一分金をせしめたのだなとむっとした。


 木刀を構えると怒りに任せいきなり打ちかかった。鈍い音がした。松永は木刀を落とした。


 咄嗟に屈んで掴もうとするが掴めない。手首が折れていた。激痛が始まった。片手で支えるが痛みは治まらない。


「参りました」


 松永は声を振り絞るように言った。そう言うのが精いっぱいであった。稲垣が駆け寄った。


 太吉が頷くと、それを合図に二人の弟子が添え木を持って松永の前に出た。


「お手伝い致します」


 二人は手際良く、添え木をし包帯を巻いた。手慣れたものである。今は来なくなったが一頃は3日に一度は来た。


 稲垣は松永を庇うようにして道場を出た。そこへ太吉が来た。


「些少だがご教授料でござる」


 各々に渡した。一分金である。


「かたじけのうござる」


 二人は恥じ入った顔をした。まだ、武士の魂は残っていたと見える。無言で友を庇うようにゆっくり立ち去った。

                                          つづく

次回は6月22日火曜日朝10時に掲載します

本日は出稿が遅れて申し訳ありませんでした