うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
8、ちんこきり
昼八つ半(15時)過ぎて間もない頃、辺見の長屋にどこか手代風の男が訪ねて来た。辺見様と何度も呼び掛けた。
「辺見様はお出かけですよ」
隣の女房が出て来て言う。男は大きな風呂敷包みを背に抱えている。
「そうですか、では又出直して来ます」
「荷物でしたらお預かりしましょうか?」
「いや、大丈夫です。夕方もう一度来ます」
「そうですか、わかりました」
女房は残念そうに言う。辺見と関りを持ちたいのである.男を見送ると部屋に入って行った。
それからすぐに辺見が帰って来た。男も一緒のようだ。壁に耳を付けて様子を伺う。
「辺見様のちんこきりは評判でございます。旦那衆はこれが本物のちんこきりだ。これでなくっちゃならねえと申します」
「そうか、しかし、今後仕事を減らすことになりそうだ」
「そ、それは困ります。旦那衆の依頼が引きも切りません。お代は次回から倍に致します」
「うん?どこかで聞いた話だな。これからのちんこきりは少し仕事を減らしてくれ」
「とんでもございません。辺見様の仕上がりは、他に変わりがございません。どうぞよろしくお願い致します」
「今回の分だ。持ち帰ってくれ」
「ありがとうございます。刻み代にございます。色を付けて置きました。それから次回の分でございます」
「わかった。少し日数(ひかず)が延びるかも知れないぞ」
「結構でございます。お待ち致します。どうぞよろしくお願致します」
引き戸が開いて男が出て行ったようだ。隙間から覗くと男の背中の荷物はなく。手に持ち直して帰って行った。
女房は怖い話を聞いてしまった。身体の震えが止まらない。ちんこきりと言う恐ろしいことをしている人だったのだ。
いい男は冷酷だと言うが、刻むとは残忍過ぎる。女房は土間に座り込んだ。そんな怖い人が隣に住んでいる。
その夜は思い出すと怖くて、亭主に求められても燃えることは無かった。静かな夜になった。
翌朝、井戸端でその話をした。みんな一様にまさかと驚いた。しかし、一番の年嵩の女房は、
「世の中はそうでなくてはいけない。浮気したのは女が悪いんじゃない。そそのかした男が悪い。当然の報いだよ」
「でも、刻むなんて残酷だよ。使い物にならなくなるよ」
「当たり前じゃない。男に罰だよ。女は受け身だからね」
「あんた、そればっか言ってるね。浮気してんじゃないの?」
「ないない、この人にそんな男がいるはずない。ハエがたかるだけだよ。ぶんぶんとね。違った。ぶすぶすだった」
「ちきしょう!こうしてくれる」
ざばっと桶の水を掛けた。つかみ合いが始まった。蹴出しが跳ねて、腰巻から素足が丸出しだ。後の3人は笑って見物している。
「おはよう、賑やかだね。顔を洗わせて貰いたい」
辺見がいつの間にか桶を持って立っている。2人は咄嗟にやめて立ち上がり、恥ずかしそうに蹴だしを整えた。
他の女房達もびっくりして立ち上がった。見物に夢中で、辺見が来たのを気付かなかったのである。
辺見は、ぽーっとするほどいい男だった。改めて見たが、とてもそんな残酷なことをする男とは思えない。
「こちらにどうぞ」
年嵩の女房がすぐに場所を空け、しなを作ってにっこり笑いながら言った。
他の女房もさっきの話を忘れたかのように、にっこり愛想笑いをしている。
辺見はすまぬと言って桶に水を汲み顔を洗った。洗い立てのその顔に、女房達は茫然として見とれている。
いい男ぶりの辺見になおも見とれていたが、女房の一人が沈黙を破って口を聞いた。ありきたりの挨拶言葉である。
「お仕事、お忙しいですか?」
他の女房達はその言葉に我に返った。あっ、ばかね、そんなこと聞いて!とその女房を睨んだ。
「音がうるさいか?すまんな。気を付けているつもりでいたが・・・」
「いいえ、ちっともうるさくありませんよ」
女房達はほっとして頷き無言で口を合わせたが、隣の女房は一言多く、
「昼間に、小気味の良い小さな音が聞こえてくるだけですから・・・」
「そうか、やっぱりそうか。内職のちんこきりの音だ。気を付けているつもりでいたが、勘弁してくれ」
それを聞いた女房達の顔が青ざめた。私たちは聞いた以上ただ事ではすまされないわ。顔を手で押さえる者もいた。
辺見はにっこりと笑い顔で、
「ちんこきりと言っても聞きなれないだろう。煙草の葉を刻む内職だ」
(ちんこきり=賃粉切りと書き、江戸時代の内職の1つ)
「えーっ!」
女房達は声を揃えた。全員の顔に生気がよみがえった。
「あんたが変なこと言うから誤解しちゃったじゃないの」
「このとんちんかん」「もう、死ぬじゃえ!」
隣の女房はさんざん悪口を浴びさせられた。でもほっとして嬉しそうだった。
辺見はなんだかわからぬが、女房どもがわいわい騒ぎ始めたのでそのまま部屋に戻って行った。
昨日、神代に言い難いことをずばり言われた。着るもので銭も変わると。そう言われたことを思い出した。
出仕などあるはずがもないが、いざという時のために取ってある着物に召し換えた。
上から下まで一分の隙も無い武士の姿である。
「辺見様お迎えに参りました」
小者の訪なう声がする。
つづく
次回は5月12日火曜日朝10時に掲載します
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