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          護り屋異聞記 9.

 辺見は太吉に谷崎を指導に加えるように言った。太吉は肩の荷が下りたような気になった。


太吉は辺見が素質を見抜いていた。しかし、護り人の指導に追われ、自身の鍛錬が疎かになっていた。


 太吉は谷崎と一緒に道場に戻ると練習を止めさせ、一同を集め、


「先程、お手合わせを致した谷崎殿です。明日から皆のご教授をお願いすることになった。楽しみにして貰いたい。では今日はこれで解散!」


 太吉は師範代室へ谷崎を招き入れた。


「谷崎さん、先程はありがとうございました。勝敗はついておりました。ご配慮ありがとうございました」


「何のことやら、しかし、貴殿の思い切りの良さには驚きました。そのまま前に出て来るとは思いませんでした」


「それしかなかったのです。金縛りにあったようでした。心を無心にして前に出るしかなかったのです」


「なるほど。一瞬にして竹刀が頭上から振り下ろされて来たので、体を躱しながら向き直りました。見事です」


 谷崎は太吉と親ほどの歳の開きがある。自分の若き日を思い出し、胸に熱きものを感じていた。


 二人は言葉少なであったが、二人の間に温かい空気が流れていた。太吉は向かい合っているだけで心が安らいだ。


「明日は朝5つ(8時)から稽古を始めます。よろしくお願い致します」


 太吉は嬉しそうにお願いした。谷崎も嬉しそうだった。


 次の朝、明け6つ(6時)。谷崎はいつものように道場の拭き掃除を始めた。


 それを見た訓練生が直ぐに飛んで来て雑巾を掴み取ると、


「先生、それは私達がやります。どうぞ、お休みください」


 外に出て掃き掃除しようとしてもさせてくれない。それではと便所に行くと訓練生2人が掃除を始めようとしていた。


「すまぬ、拙者の仕事だ変わってくれ」


「先生、掃除は私達の仕事です。どうぞ、お部屋でお休み下さい」


 どうしてもやらせてくれない。今までとは手の平を返したようだった。


「ありがたいが、ここだけは拙者にやらせて欲しい。便所は人間の締めくくりだ。常に綺麗にしておきたい」


 訓練生は言葉に困った。どうしたら良いものかと顔を見合わせた。


「わかった。それでは他はお任せする。すまんがここだけは拙者にさせてくれ」


 谷崎はどうしても譲らなかった。この話は訓練生だけでなく護り人にも伝わった。


 この日から便所が汚れることは無かった。訓練生だけでなく、護り人まで全員が便所を綺麗に使うようになった。


 誰が持って来るのか、次の日から小さな壺に花が活けられていた。谷崎が帰るといつの間にか新しい花になっていた。


 朝5つ少し前から、訓練生が道場に入って来た。朝5つの鐘が鳴ると太吉は谷崎と共に訓練生の前に立った。


「今日から谷崎殿にもご教授戴くことになった。谷崎殿は一刀流の達人である。自由練習に入ったら個別に指導をされる。一同!礼!」


 道場内がピリッと引き締まった。さらに太吉の掛け声が続いた。


「素振り五百回。始め!」


 素振りが終ると二人ずつ組ませて切り返しの練習をする。7名である。余った一人は太吉と組み、指導を受ける。


 谷崎は道場壁沿いに立ち、その様子を見ていた。半刻程して自由練習となった。


 訓練生は自分から指導を仰ぐのは恐れ多いと思ったらしく、指導をお願いしに来る者はいなかった。


 谷崎の目の前で、稽古試合を始めた訓練生がいた。お互い打ちつ打たれつほぼ互角の相手だった。


 谷崎が右側の訓練生に、


「相手の目を見ろ。そのまま間合いを詰めろ」


 その相手はじりっと後ろへ下がった。瞬間、


「打てっ!」


 詰めた男は操られるように頭頂を打った。見事に面が決まった。その打たれた男に、


「いいか、間合いを詰められたら間合いを詰めろ。互いに動けなくなる。もう一度、二人で構えて見ろ」


 谷崎の指導は実践的だった。江戸に出て来て15年。幾多の修羅場を潜って来たことか。実戦剣法が身についていた。


「そうだ、そのまま目を向き合え。今度はお前だ。間合いを詰め始めると相手は下がり始める。その瞬間に打つ」


 バシッと鋭い音とともに面が決まった。打ち込んだ本人が驚いていた。谷崎の教え方はわかりやすかった。


 片腕であることに何の不足も無かった。午後は護り人の指導も担うことになった。


 夕7つ(16時)になると稽古は終わった。太吉は谷崎を夕飯に誘った。谷崎は少し離れたところに連れていかれた。


 店に入ると、女がすぐに駆け寄って来た。満面に笑みを浮かべて、


「いらっしゃい!あれ?お連れ様?」


「うん、今日はお酒付けてね」


 太吉は谷崎に見られているようで照れながら言う。


「珍しいのね。あ、そうか、お客さんね。こちらへどうぞ!」


 お米は嬉しそうに空いた席へ案内する。ここは深川の蕎麦屋である。夜は居酒屋と同じである。蕎麦より飯、飯より酒だった。


                      つづく

続きは12月22日火曜日朝10時に掲載します