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           護り屋異聞記 8.

 谷崎は痛みを堪え気丈にも起き上がり、勝三に辺見にお礼の挨拶をしたいと申し出た。


 熱は幾分下がったが、身体はふらふらしていた。しかし、限界であった。部屋に戻るとそのまま寝たきりになった。


 運の強い男であった。片手又は片足を失った者はほとんどがひと月近くで亡くなった。


 気丈な男だった。以来、高熱が続いたが弱言は一言も漏らさなかった。傷口の悪化は冬の寒さに助けられた。


 3カ月もすると傷口に肉が盛り上がり普通に動かせるようになった。但し、肘下の中頃から無い。不自由ではある。


 谷崎は訓練者7名に混じり掃除や薪割り便所掃除を自ら進んで行った。勝三が止めても無駄だった。


 辺見は報告を受けると本人の気の済むようにさせるが良いと言う。


 それから半年が過ぎた。訓練者はもちろん、護り人までが谷崎を顎で使うようになっていた。


 谷崎は命ぜられると、訓練者であろうと表情一つ変えずに従った。辺見への報謝のつもりであった。


 そんなある日、道場へ呼び出された。中堅以上の護り人が袋竹刀で猛烈な稽古をしていた。


 谷崎が入って来るのを見た辺見は、


「止めい!」


 と大声を掛けた。谷崎は辺見の前に来ると深々と頭を下げた。


「お呼びでございますか?」


「いつもご苦労である。今日は貴殿に立ち会ってもらう。太吉、竹刀を谷崎氏(うじ)に渡せ」


 谷崎は何事かと思ったが、袋竹刀を渡され胸の奥がぎゅんと鳴った。何年ぶりだろうと感慨深い気持ちだった。


「杉山、前に出ろ。これより立ち合いを行う。両人構え!」


 辺見の凛とした声が道場内に響き渡った。


 杉山は護り人では一番の技量を持っている。道場内はシーンとした。


 杉山は正眼に構え、涼しい目をして谷崎を見据えた。谷崎は右手に袋竹刀をだらり下げるように下段に構えた。


 一瞬にして杉山の目に動揺が現れた。道場で1.2を競う上位者である。胸を貸すつもりで余裕を持って構えたつもり。


 ところが金縛りにあったように動けない。前にも引くにも動けない。動けば谷崎の竹刀に打ち込まれる。


 このまま打ち込まれるなら、一か八か自分から打ち込んだ。空を切った。伸びきった竹刀は叩き落とされた。


 腕の差は歴然だった。竹刀が鈍い音を立てて床に転がった。その音は道場中に響き渡った。全員息を止めて見ていた。


「次、太吉」


 辺見の声に全員我に返った。道場内は大きく騒めいた。太吉は正眼に構えた。谷崎はだらりと片手の下段に構えた。


 先程と同じである。太吉は静かに谷崎を見つめた。あの夜と同じであった。身動き出来ない。谷崎はすっと正眼に構えた。


 太吉は気合と共に前に踏み込んだ。バシッ!竹刀が乾いた音を立てた。同時に二人の向きが真逆になっていた。


「それまで!」


 鋭い辺見の声が飛んだ。場内はシーンとしている。誰一人身動きすら出来ない。唖然として息を呑んだ。


 太吉はわかっていた。谷崎が太吉の竹刀を受けずに真っ直ぐ伸びて来たら、太吉は受けられなかったであろう。


 あの夜、辺見がいなかったら、太吉の命はなかったであろう。太吉は今更ながらぞっとした。二人は共に会釈をした。


「谷崎氏、部屋まで一緒に来てくれ」


 道場主の部屋に辺見が入る。後に続く谷崎は部屋の入り口に正座した。


「そこでは話が遠い。ここに座られい」


「はっ、では遠慮なく」


 谷崎は辺見の前近くに正座する。


「腕は大分良いようだな」


「はい、完全に治りました」


「そうか、それは良かった。その方の身の振り方だが、遠慮せずとも良い。好きにするが良い」


「どう言うことでございますか?ここを出て行けとおっしゃいますか?」


「そうではない。掃除や雑用を自ら進んでやっているようだが何かわけでもあるのか?」


「わけ等ございません。私は先生に命を頂きました。あの夜、死んでいたいたはずです。何か恩返しが出来ればと常々思っております」


「恩返しとは殊勝なことだが、そんなことはした覚えもないし思ってもいなかった。知らぬ事とは言え助かっていた」


「ありがとうございます。それでは、これからも微力でございますがやらせて頂きます」


「そうか、そこまで言うなら役立って貰おうか。護り人の剣の手ほどきをして貰えるかな?」


「はい、誠にありがたき幸せにございます。粉骨砕身の気持ちでさせて頂きます」


「よし、ではよろしく頼むぞ」


 辺見は、にっこりと笑顔で言葉を続けた。


「今、太吉に師範代をさせている。太吉と一緒にやってくれ。太吉を呼んで来てくれるか」


「はっ、畏まりました」


 谷崎の顔が嬉しさと喜びで生き生きと輝いていた。


                        つづく

次回は12月15日火曜日朝10時に掲載します