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     護り屋異聞記 7.

 年が明けたら中に出すぞとは射精のことである。この時代避妊は難しかった。


 剣に秀でたものは、気を制御することが出来た。瞬時に体外に抜け、そこに出した。それでも満足を得た。


 辺見が急にもう一人男子が欲しいと言う。お雪は喜んだ。体外に出すのに心を痛めていた。悲しくもあった。


 武家の嫁は二人の男子を産まなければならなかった。しかし、現在、辺見は侍であるが武士ではない。


 武士は主君を持ち俸禄を貰う。跡継ぎが無い場合は改易となる。万一のことを考え男子2子を産んだのである。


 だが、男子一子のみの武家は少なくなかった。男子二子を設けることは、武家の強い願望であった。


 その慣習の中、武家の嫁は悲惨でもあった。一子も産めない場合は里へ返された。それは当たり前の事とされた。


 武士でない辺見がもう一人男子が欲しいと言う。それにはわけがあった。


 護り屋は元は用心棒だった。裏稼業である。それを表稼業へと生業を変えたのは辺見だった。


 それにより用心棒的仕事は殆ど無くなった。しかし、その収入は大きく、護り屋の収入の半分を占めていた。


 その手勢は11名であったが、常に命の危険が伴った。それを司る辺見は常に狙われていると言っても過言ではなかった。


 辺見もそれは自覚していた。今夜、大蔵屋の護りで痛感した。今後、万一のことが起きないとは限らない。


 お雪の幸せと喜びが辺見の生き甲斐であった。急に心配になったのである。弱気になったとも言える。


 男の子一人では万一の事がある。その心配をした。それは武家と同じである。しかし、跡継ぎの問題では無い。


 お雪の幸せを願う一心からである。男子2人であれば余程のことが起きても助けられる。そう思った。


 子供が成長するまではどんなことがあろうとも死ねないとも思った。その思いが辺見の剣を変えた。


 強靭な辺見の心に隙間風が入った。これまで剣で対峙したとき、自分の命を惜しんだことは一度も無かった。


 辺見自身にはその自覚はなかったが、それを身を持って知ることになった。それから5日後に事件は起きた。


 この夜、辺見は札差の護りに太吉を指名した。その護りの後方に辺見が付いた。太吉は二度目の護りである。

 

 宵5つ半(21時)、札差はいつも帰りを急ぎ、川端の畦道は通る。駕籠かきは走りやすいのか早駆けになった。


 半月の月明かりに見通しが良い。札差の乗る駕籠の後に太吉、その後ろに辺見が続く。二人とも小走りになった。


 突然、駕籠の前方に土手下から人影が浮かび上がった。刀身が光った。わーっと駕籠かきは駕籠を置いて逃げた。


 太吉は早かった。その駕籠の前に躍り出た。手には抜き身を持っていた。いつの間に抜いたか辺見も驚いた。


 辺見は一目でこの暗殺者は腕が立つと見抜いた。太吉はじりっじりっと後ろへ下がる。札差は駕籠から逃げ出す。


 辺見は暗殺者へ低い声で静かに言った。


「おぬし、相打ちになるぞ。命を賭ける程の勝負か?」


 男に声は聞こえたようだが、身じろぎもしない。いや出来ないのだ。正眼に構えたまま動けない。


 辺見も正眼に構え、太吉を横に押しやるようにして男の前に立った。男は辺見の構えを見て恐怖におののいた。


 男は格段の腕の差に自暴自棄となった。どうせ切られるのならと覚悟して、そのまま真っすぐに突いて来た。


 その突きは命を込めた必殺の突きであった。いつもの辺見なら一寸程上半身をひねって避けたはずであった。


 今日の辺見は命を惜しんだ。万全を考え、身体を捻りながら刀を振り下ろした。男の左手首が切り落とされた。


 男は一瞬何が起きたかわからず刀を持ち直そうとするが、どうしても下がったまま上がらない。


 左手首が無いのに気付いた。勢いよく血が流れ始めた。男は我を忘れて左手首を腕に付けようとする。


 辺見は刀の下げ緒で、男の左手首ぎゅうぎゅうに縛り上げ止血をした。男は唖然として阿呆のような顔になった。


 遠くで見ていた駕籠かきが戻って来た。辺見は札差を乗せると、太吉に送り届けるように指示をした。


 男はしゃがみ込んでいた。腹から絞り出すような声で、


「覚悟は出来ている。斬ってくれ」


「家族はいるのか?」


「いない、拙者のみだ」


「そうか。傷の手当てをしよう。ついて来い」


「おぬし、拙者を助けるのか?」


「このまま見過ごしに出来ない。一緒に来い」


「すまん。こいつを成仏させてやりたい。少し待ってくれ」


 男はゆっくり立ち上がり、道脇の草むらを小刀で掘り始めた。埋めると片手を顔にかざし、拝むように黙とうした。


 護り屋に着くと勝三と新吉が出て来た。2人は護りが帰り着くまで待機をしていた。


「傷の手当てをしてやれ。それから暫く置いてやれ」


 辺見はそれだけ言うと帰って行った。その夜、男は高熱が出た。勝三と新吉が看病した。


 翌朝、辺見が護り屋の自室に入ると、勝三が男を伴って入って来た。


「傷は大丈夫か?」


「はい、ありがとうございました。お世話をお掛け致しました」


「住まいはどこだ?」


「本所です」


 男は感謝の気持ちからか丁寧な口調になっていた。


「それはちと遠いな。暫くここで養生して行くが良い」


「えっ、よろしいのですか?ありがとうございます」


「うん、片手では色々不自由もあろう。して、名を聞いていなかったな。何と言う」


「谷崎伝九郎と申します。武州浪人です。よろしくお願い致します」


 谷崎は端正な顔立ちをしているが不屈の顔をしていた。歳は38歳。武州では一刀流の免許皆伝を得ていた。


 この谷崎は、2年後に辺見道場の師範代を任されるようになる。


                     つづく

次回は12月8日火曜日朝10時に掲載します