Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

         護り屋異聞記 27.

 早苗はお盆を抱えて嬉しそうに帰って行った。谷崎は急いで身支度をすると長屋を出た。


 そこは深川の行きつけの髪結い床。慣れたもので4半刻程で髷を結い上げた。護り屋にはいつもの時間に着いた。


 谷崎は夜のことを考えると落ち着かなかった。岩井殿と一献傾けるは理由で、早苗と会えるが目的だった。


 塾生の指南を終えると。真っ直ぐ団子屋に向かった。甘辛を6本ずつ3つに包んで貰った。


 長屋に着くと二包みを文台の上に置き、一包みを入口前の畳の上に置いた。その横に、


〚所要有、夕飯は要らぬ。団子召し上がれ〛


 一筆書いた紙を置いた。長屋の女房宛てである。そのまま銭湯へ行った。いつもは烏の行水だが念を入れて洗った。


 風呂の中でもなぜかそわそわした。それでも汗の匂いがしてはと丁寧に隅々まで洗った。


 長屋へ急いで帰ると、団子を二包み持って早苗の長屋へ向う。今度は心の昂ぶりを静めるためにゆっくりと歩いた。


 谷崎はときめく心を押さえながら、


「今晩は、谷崎です」


「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」


 早苗が打てば響くかのように答え、引き戸を開けた。


「谷崎殿、こちらへ」


 新蔵が相好を崩して嬉しそうに手招きする。


「お言葉に甘えて参上仕りました」


「何の、わしより早苗が待ちかねていたようで、一日そわそわしてじっとしておりません。朝からこうです」


「まっ、そんな…恥ずかしい」


 早苗が両手で顔を覆った。耳たぶまで赤くなった。それでもすぐに膳を運んで来た。膳には所狭しと料理が並んでいる。


「何もありませんが、さ、どうぞ」


 新蔵が徳利を差し出す。谷崎が受ける。二人とも上機嫌の酒盛りが始まった。傍で早苗が嬉しそうに話を聞いている。


 半刻も過ぎた頃、新蔵が急に真顔になって、


「谷崎殿、好いたおなごはおらんのかな?」


「はは、急に何を言われる。いるわけござらん。気ままな一人暮らし。まして、片輪


「安心致した。お願いがござる。早苗を貰ってもらえませんかの」


「何を急に…言われる」


 谷崎はごくりと唾を呑んだ。自分の気持ちを見透かれたような気がして口ごもった。


「身共は親として失格でござる。病弱の親を抱えて大年増になってしまった。今年28になる。妻も生前案じていた」


「これでも相手を探していました。又、引く手数多でもあった。しかし、帯に短し襷に長しでな。どれも気に入らん」


「娘の幸せを願えば妥協は出来なかった。気がつけば娘はこの歳になってしまった。しかし、待てば海路の日和あり」


「谷崎殿、この通りです。娘を貰って下さい」


 新蔵は座り直し、その場に両手を付いた。


「どうぞ、お手を上げ下さい。それは親の勝手です。早苗殿がどう思われるかです」


「いや、それは心配ご無用。早苗は谷崎殿を好いております。親の目にも痛々しいくらい好いております」


 そばにいる早苗は身を小さくして俯いている。


「身共は片輪でござる。苦労をおかけすることになります」


「それは異なことをおっしゃる。早苗は大年増です。言わば片輪でござる。失礼だが、片輪と片輪で両輪でござる」


 谷崎は一瞬沈黙した。そして、


「ははははは、参り申した」


 と言い、早苗に向き直り、


「ご承知いただけますか?」


「はい、よろしくお願いします」


 簡単だった。恋が簡単に結婚になった。


「今夜から連れて帰って下さい」


 新蔵が思い切ったことを言う。


「ありがとうございます。けじめは致しとうございます。明日以降3日以内に婚儀を行わせて下さい」


「婚儀となると、はて、困った。何も出来ない」


「いえ、何にもしません。今後のことがありますので、塾長等知り合いだけを呼んでお披露目をするだけです。4、5人です」


「わかり申した。お任せする」


 新蔵は少し寂しそうだった。娘に何もしてやれない自分に悲しくなった。咄嗟に刀を売る事を考えた。


 谷崎はそこまで考えが及ばなかった。38年間の人生は生きるためだけに精一杯だった。しかし、結納金は頭にあった。


 幸い、道場の給金や護り屋の手当てで20両と少しの金が手元にあった。明日お渡ししよう。


 結婚と決まってからの早苗は、恥ずかしそうに俯いてばかりいた。何を思ってか、口数も少なくなった。


 早苗は嬉しくて夢を見ているような気持でいた。谷崎は心が逸り、明日の用意もありますからと帰って行った。


 表まで二人は送って来た。振り向くと二人は月の灯りを背にいつまでも立っていた。谷崎は深々とお辞儀をした。


 翌朝、早苗はいつものように朝飯を運んできた。二人は何だか恥ずかしくて互いの顔を見れなかった。


 谷崎はお茶を飲みながら、


「今日、夕方にお伺いします」


 早苗は俯いたまま、


「はい」


 と返事をした。何をするにも恥ずかしそうだった。早苗が帰ると、谷崎はすぐに塾長辺見を訪問した。


 朝5つ前(8時前)の訪問に辺見は驚いた。


「張り詰めた顔をしてどうしました。そこに座るが良い」


 一目で状況を見破られた。


「塾長、お願いがございます」


 必死な顔をして辺見を仰ぐように見つめる。


「ははは、谷崎さん。大ごとのようですね」


「はい、結婚致します」


「それはめでたい。いつですか?」


「はい、今日明日中にも致したく思っております」


「それは急な話ですね。それで私にどうしろと言うのですか?」


「はい、塾長にご出席いただきたいのです」


「それは、もちろん出席させていただきます。婚儀はどこでするのかな?」


「それは決まっておりませんが、身共の部屋でどうかと思っております」


「何人ぐらいお出でになるのかな?」


「それは決めておりません。塾長と太吉師範代にお出で頂きたいと思っております」


「他には?」


「いえ、お二人だけです」


「わかりました。それでは婚儀は護り屋でします。谷崎さんは護り屋深川一刀流の師範代。相応しい婚儀にします」


 1日置いて次の日、暮6つ(18時)道場で婚儀が開かれた。

正面中央に谷崎と早苗、左に辺見が仲人となりお雪と並び座った。


 右に伊原屋佐兵衛と義父の竹蔵。左列筆頭に師範代の太吉。右列筆頭に貧乏長屋の大家。


 その後列両側に、塾生(護り人)37人が並んだ。新蔵は周りが止めるのも聞かず、右列最後に座った。


 総勢約50人の婚儀は大賑わいであった。行き交う人が後戻りして、覗き込みながら通って行った。


                      つづく

続き28回は18日火曜日朝10時に掲載します