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         護り屋異聞記 24.

 「何かあったか?」


「はい、塾長がお呼びになっておられます」


「わかった、ちょっと待て」


 谷崎は部屋に入ると、刀を出来たばかりの鞘へ入れ直し下緒を栗型へ通して縛った。(栗型=鞘に付いた止め穴)


「行くぞ!」


 谷崎は一言発すると、走るような急ぎ足で護り屋へ向かった。塾生は後ろから走って付いて行った。


 塾長とは辺見のことである。道場は護り屋の確かな仕事が評判を呼び、塾生志願者が町人や職人から多く出た。


 塾生が多くなり道場を深川一刀流と改めた。又、護り屋と道場主を統一して辺見のことを塾長と呼び方も改めた。


 道場へ着くと太吉が道場口で待っていた。それを見て谷崎はただ事でないと思った。


「遅くなりました」


「塾長がお待ちです」


 太吉は谷崎を伴って塾長室へ入って行った。


「遅くなり申し訳ありませんでした」


「急に呼び出してすまぬ。伊原屋の護りが急に今夜になった。いつもより半刻後の6つ半に出向いて貰いたい」


(暮6つ半=19時)


「承知いたしました。ではこれから行って参ります」


「まだ早い。太吉の部屋に飯を用意して置いた。腹ごしらえをして行くと丁度良いだろう」


「はっ、ご配慮ありがとうございます」


「それと、今日の後護りに太吉を付ける。よろしく頼む」


 谷崎は後護りに太吉と聞いて余程のこと有りと思った。塾長室を下がり、太吉の部屋へ入ると良い匂いがする。


 鰻丼だった。急に腹が空いて来た。太吉の勧めで一緒にどんぶりを食べた。うまい。谷崎に不安などなかった。


(鰻重は戦後になって出来たものです)


 札差伊原屋に入ると、佐兵衛が直ぐさま出て来た。


「先生お待ち致しておりました。先日はありがとうございました。どうぞお上がり下さい」


 先日とは打って変わった相対である。伊原屋佐兵衛は、自ら店頭に座り谷崎の来るのを待っていたのである。


 別室へ招き入れると上座を勧めその前に座った。


「急な日にち変更にも係わらず、護りをお受けいただきましてありがとうございました」


「・・・・・」


 谷崎は答えようがなく黙っていると、


「大岡越前守に願い出まして、本年享保9年に認可のお許しを戴きました。おかげで株仲間を109人に限定することが出来ました。それを3つの組に分け、私は片町組です」


「・・・・・」


「その片町組は意見の違いがありまして、ほぼ2つに割れております。その一方が私の仲間です」


 谷崎は黙って聞いている。


「私一人を押さえれば組は一つになります。実は命を狙われております。会の日にちの変更は多分それが理由です」


「拙者は護りが役目。必ずお護り致す」


 言葉は少ないが、佐兵衛の目をじっと見て言った。その眼力に佐兵衛の心に安堵の気持ちが広がって行った。


 亥の刻(22時)の鐘が鳴って間もなく、片町組は銘銘の駕籠で帰って行った。佐兵衛もその一人である。


 街並みは静まり返っている。人っ子一人歩いていない。次の角を曲がると堀端である。さらに寂しい道だ。


 曲がって一町程(109m)駕籠が進んだ時、どこに隠れていたのか抜刀した男が駕籠を一直線に突き刺して来た。


 谷崎は宙を飛んだ。がきっと鈍い音と共に男の刀は地面に転がっていた。同時にその男を蹴倒していた。


 男はバッタのように飛び起き、落とされた刀をそのままに凄い勢いで逃げて行った。


 駕籠かきは驚いて駕籠を降ろした。佐兵衛は駕籠が急に止まったので、何事かと駕籠から出て来た。


 何と駕籠屋の提灯の灯りに、不気味に光る抜き身が駕籠前に転がっている。声が出ない。茫然としていると、


「佐兵衛殿、大丈夫ですか?」


「先生、襲われたようですね。私は大丈夫です。ありがとうございます。しかし、これは・・・」


「駕籠を一瞬に、逆手で刺して来ました。なかなかの手練れです」


「先生、この刀持って帰って良いですか?」


 佐兵衛は目の前に転がっている刀を指さす。


「危ないですよ。何になさる?」


「襲われた証拠に番所に届けます」


「無駄でしょうな。持ち主の探しようがない。それに拙者が打ち落としたから、刃こぼれがして使い物にならない」


「わかりました。でも一応持って帰ります」


 佐兵衛は羽織を脱いで刀を拾い上げると、羽織でくるくると巻いて持ち、駕籠に乗り込んだ。


 伊原屋へ着くと佐兵衛が駕籠から降りて、


「先生ありがとうございました。命拾いを致しました。せめてのお礼がしとうございます。どうぞお入り下さい」


「いや、拙者は仕事をしただけだ。礼には及ばぬ。これで失礼致す」


「命をお助け頂きました。このままお帰しするわけには参りません。それでは、伊原屋の商いは明日から出来ません。それにこの刀を見て頂きとうございます」


「そうか、その差し料(刀)は興味がある」


 谷崎は差し料を明るいところで見て見たかった。差し料を見れば近々の使用痕と持ち主の素性まで想像がついた。


 佐兵衛は番頭に何やら指図をした。そして谷崎を自室へ案内した。自室へ通されたのは初めてである。


 佐兵衛は部屋へ入ると自ら座布団を用意して来た。


「先生、どうぞこちらへお座り下さい」


 谷崎が座ると佐兵衛はその前に両手を付いた。


「ありがとうございました。命を御救い下さいましたのは今日で2回目でございます。今後とも宜しくお願い申します」


「いや、護りは仕事。当たり前のことです」


「間一髪でした。先生でなければ命はありませんでした。思い出すとぞっとします。今夜は眠れません」


 その時、障子の向こうで、


「旦那様、ご用意が出来ました」


「入ってくれ」


 佐兵衛の声に女中が二人、膳をそれぞれに抱えて入って来た。佐兵衛はその膳から徳利を持つと笑みを浮かべて、


「先生、おひとつどうぞ」


「いや、酒は飲まぬ。それより刀を見せてくれ」


 真顔で言う谷崎を見て笑みが消えた。直ぐに羽織を巻解くと両手で支えるようにして差し出した。


 谷崎は片手で受け取ると、刃先を目の前にして切っ先から中程まで目を滑らせた。


「うむ、なかなかの業物だ。血のりの後はない。近々人を殺(あや)めてはいないな。しかし、刃こぼれが深い」


 今度は自分の刀を腰に差し、抜いた。同じく刃こぼれがしていた。僅かだが研いで直るかどうか思わずため息が出た。


 暗殺者は刃を逆手に持ち一突きに突いて来た.必殺の突きである。谷崎は一瞬に宙を飛びその刀を叩き落とした。


 刃と刃が噛み合った。谷崎の刀は父の形見である。武州一と言われた名工の作である。強靭な刃金で出来ていた。


「先生どうなされました」


 佐兵衛は谷崎のため息を聞き漏らさなかった。谷崎の視線を追って刃こぼれを見た。


「刃こぼれでございますね。わたくしにお任せ下さい。名人を知っております。少しお待ち下さい」


 佐兵衛は部屋を出て戻って来た。両手で刀を持っている。


「先生。これはさる旗本で借金の一部として頂戴したものです。どうぞご覧下さい」


 腰の刀を差し替えると、右手だけで器用に鯉口を切りすらりと抜き、目の前にかざし凝視した。


 谷崎は言葉を無くした。見事な反りに冴えた刃紋の美しさ。その流麗さにも拘らずずっしりとした力強さを感じる。


 それは、並みの刀にはない格の違いを発散させていた。名のある名刀に違いない。


「いかがですか?お気に召しませんか?」


「久しぶりに良いものを見せて貰った。備前ものかな?」


「はい、備前のものです。名うての刀鍛冶だそうです」


「なるほど、そうだろう。目の保養になった」


「先生、その刀は今夜のお礼として差し上げます。刀も行き場所が無く眠っておりました。これで日の目を見ます」


「とんでもないことだ。これは大変な業物だ。簡単に戴くわけには参らぬ」


「いいえ、私の命に比べたらその辺の石ころと同じです。先生がお使い下されば金塊になります。まして、これからもわたくしの護りに使って頂けます」


「ははは、面白いことを言う。わかりました。その言葉にあやかり、遠慮なく頂戴致す」


「ありがとうございます。では、改めて一献いきましょう」


「よし、飲もう!」


 それから二人の酒宴となった。武士と町人だが男と男の付き合いが始まった。札差と護り人。絶妙の取り合わせだ。


                       つづく

続き25回は明日27日朝10時に掲載します