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             護り屋異聞記 23.

 新蔵は早苗に目配せをした。早苗は意味が分からなかった。怪訝な顔をして意味を問うように見返した。


 新蔵は笑い顔で台所の酒徳利を指さした。やっと意味が分かった。


「どうぞ、座り下さい」


「では、遠慮なく・・・岩井殿、久しゅうござる」


「はは、ほんに久しゅうござる。おぬしの来るのを待ち兼ねておりました」


 早苗は盆の上に団子の竹包み広げると台所に戻り、湯呑を二つ持って来た。団子は醤油焼きである。


「茶湯が沸くまで、お湿りをどうぞ」


 早苗の言葉に新蔵が続ける、


「さ、ぐっと湿らせて下さい」


 言われるまま、谷崎は湯呑から口に含んだ。


「おーっと、これは酒ではござらぬか」


「お湿りでござる。身共は団子にお湿りが大好物です。早速頂きます。これはうまい!早苗、おまえも頂きなさい」


「はい、今行きます」


 素早く切ったぬか漬けのきゅうりと大根を中鉢に盛って来た。谷崎は早苗が傍に来ただけで心がきゅっとなった。


「谷崎様、頂きます。あら、まだ温かいですね。おいしい!」


 5本の団子はすぐに無くなった。早苗に食べさせたかったのに1本しか食べられなかった。自分が2本食べた。


 新蔵の勧め上手に食べてしまった。確かに冷酒に団子は旨かった。お土産を自分が食べるとは情けなかった。


 その後は、新蔵が色々語りかけてきたが、何を話したのか記憶にない。勧められた夕食を断って帰って来た。


 入口で早苗が見送ってくれた。なぜか寂しそうな顔が心に焼き付いた。


 帰ると上がり框に夕食が届けてあった。長屋の女房が交代で持って来たのであろう。食欲は無かった。


 早苗の顔が思い出されてならない。なぜかせつなくて堪らない。どうしたのであろう。これが恋なのか。


 朝が待ち遠しかった。夜明けと共に井戸端へ行った。剃刀と手鏡を持参した。外は明るいが長屋の部屋は暗い。


 まだ刻は7つ半を過ぎたばかり。誰もいない。手鏡を井戸端へ立てかけ髭を剃った。


 丁寧に時間をかけて剃った。終わると手鏡を見てにっと笑った。起き抜けの寝惚けた顔がシャキッと見違えるようだ。


「おはようございます。先生、お早いですね。お出かけですか?」


「うん。おはよう!」


 まずいところを見られたと思い、立ち上がり帰って行った。中年にはなるが目鼻のはっきりした良い男である。


 部屋に戻ると髪を結い直した。早苗が来るまではまだ時間がある。火をおこして湯を沸かした。


 なぜか心が落ち着かない。漢書を読み始めるが頭に入らない。とは言え、何百回と読み殆どそらんじている。


 それでも同じところを、いつの間にか繰り返し読んでいた。外で足音がする度に入口を見る。その度にどきっとする。


 やっと6つ半の鐘が鳴った。心がそわそわする。冷めたお茶をゆっくり飲んだ。おさまらない。


「おはようございます」


 来た!すくっと立ち上がり入口を開けた。


「おはよう!すみませんね。取りましょう」


 谷崎は恐縮して早苗の持つ盆を持ち替えようとした。


 しかし、どういうわけか持ち替えようとした両の手が、早苗の両手を掴んでしまった。ひんやりした指だった。


あっと思い手を離した。早苗はぽっと頬を赤らめた。一瞬の沈黙があった。


「失礼いたした。身共が持ちます」


「はい、お願いいたします」


 早苗はじっと固まったように盆をもったまま立ち尽くした。谷崎の手の温もりが今も手に残っている。嬉しい。


 谷崎は改めて盆を受け取った。鯵の開きにきんぴら牛蒡が添えられていた。


 手渡しをすると、引き戸を閉めて早苗は帰って行った。谷崎は盆を下におろし入口をじっと見つめていた。


 夢のようなひとときだった。両手を合わせて白魚のような早苗の手を思い出していた。


「ただいま、お持ちして来ました」


「ずいぶん早かったな。置いただけか?お茶ぐらい出して来なさい」


「お父上のお食事が・・・」


「ばかな、わしの朝飯はいつでも良い。谷崎殿はこれから出かけなさる。朝のお茶は武士の縁起担ぎだ。明日からお出しして来なさい」


「はい、お言いつけなら・・・」


 とは答えたが、内心嬉しくて心が震えた。お茶は食前食後だ。傍にいてお茶が出せる。谷崎の優しい顔が浮かぶ。


 刀剣屋に鞘を依頼をして今日で4日目になる。護り屋の帰りに寄った。


 刀剣屋の入り口は一間程あけ放たれていた。土間続きに1尺程高くなった板張がある。


 火の入っていない火鉢を前に、優しい眼差しの爺やが座っている。この店の親爺だ。谷崎を目に留めると、


「旦那、出来てます」


「そうか、見せてくれ」


 用意してあったらしく、立ち上がると両手で抱えて来た。


「鞘は修理して塗り直して置きました。新しい鞘も同じ色にしました。お上がり下さい」


 板敷が広いのはそこで刀の品定めをするからである。谷崎は修理上がりの刀の鞘を払うと新しい鞘に入れ直した。


「試してみるぞ」


 借りていた代用の刀と差し替えた。すっと抜けるつもりが抜けない。


「抜けぬではないか」


「旦那、ちょんと柄を下へ叩くようにして抜いて下さい」


「おっ、抜けた。これは良い!」


「鎺(はばき)はそのままに鯉口に工夫を致しました。試しに鞘を持って下向きにして下さい」


「おや?抜けないぞ。確か鯉口は省いてくれと言ったな」


「はい、承りました。しかし、下を向けただけで抜けたら危のうございます。工夫を致しました」


「うん、これは良いな。どうやった?」


「それは秘密でございます。但し、振れば抜けてしまいますよ」


 思った以上の出来栄えである。谷崎は安堵した。しかし、明日の護りは札差だ。何が起きてもおかしくない。


 長屋に着くと、塾生が部屋の前に立っていた。


「先生、直ぐにお戻りください。塾長がお待ちです」


                      つづく

次回は4月20日火曜日朝10時に掲載します