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          護り屋異聞記 1.

 この護りは4回目である。吉次はその道順を頭に入れていたつもりでいた。あれっと思った。


 曲がった先は街並みから外れる。しもたやとか長屋が多い。番頭は後ろを振り向きもせずさっさと歩いて行く。


 後ろに颯爽と続く吉次は、半纏の下に腹掛けと股引き。全て濃紺。護り屋のいでたちである。


 番頭は長屋の一角迄来ると、そこを入って行った。2軒目の長屋の5番目の部屋を訪ないもせず開けた。


 後ろを振り向くと、吉次に片手を上げて待てと合図した。そしてすぐに引き戸を閉めた。


 吉次は待てと合図を受けたが、何事かあっては間に合わない。引き戸の前に立った。


 中から穏やかな話し声が聞こえてくる。しかし、何を話しているのか声が小さくてわからない。相手は男だ。


 突然、男のすり泣きに変わった。番頭が出て来た。


「行きましょう。ここに寄ったことは、お店(たな)には内密にお願いします」


 次の日、吉次はお店から呼び出しを受けた。旦那が直接、話が聞きたいと言う。


 旦那の話では昨夜番頭が集金から帰ると、突然辞めると言い出した。来年は筆頭番頭にするつもりでいた。


 番頭は13歳で奉公に来て22年になる。現在の筆頭番頭には来年のれん分けをする。完全に予定が狂ってしまった。


 番頭としての業務はいつも完璧だった。配下はもちろん、客にも信頼を置かれていた。


 どんなに慰留しても聞いてくれなかった。それで、昨日変わったことは無かったかと問われたのである。


 番頭の名を朝吉と言った。22年前の秋、本所で一番の呉服屋朝兵衛が乗っ取りにあった。


 朝兵衛一家3人、無理やり追い出された。下男の辰造がついて来た。恩に報いるためだった。


 歳は46で片腕が無く、食うや食わずの生活をしていた。朝兵衛が見兼ねて雇い入れた。


 裏長屋に朝兵衛一家と辰造は住んだ。3日後、朝吉は呉服屋朝兵衛の名を伏せて深川の呉服屋に奉公に入った。


 朝兵衛は病に冒され痛恨の中で死んだ。半年後妻も後を追うように亡くなった。その間、辰造が世話をしていた。


 その辰造も今年68歳。主人朝兵衛への恩を忘れることはなかった。今は本所まで大工の雑役仕事に通っている。


 その行き帰りに、呉服屋朝兵衛が売りに出されているのを知った。もちろん名は変わっている。朝吉にすぐに知らせた。


 経営も代わり、乗っ取った者とは何の関係もなかった。屋号も変わっていた。五百両と言う格安な値段であった。


 朝吉はいずれはと貯めて来た二百七拾二両に父母が残したくれた百三拾両を合わせて四百二両になった。


 昨夜、無理やり辞めて頂戴した退職金の百両。心に秘めて胸が痛かった。合わせて五百両として今日買い戻した。


 二日後、旦那は本所の呉服屋朝兵衛のことを伝え聞いた。ふと朝吉のことが思い浮かんだ。


 年齢その他思い当ることが多い。もしやと思い行って見た。店先に10反程の反物が並べられていた。

10尺ほど解かれ、個々の棹に掛けて並べられていた。商品の少なさを補うつもりだろう。


 それでも客が二人入っていた。一人の客は涙ながらに話しかけていた。


「大変だったね。おめでとう。朝兵衛さんにそっくりだわ。朝兵衛さんには良くしてもらったのよ。開店記念にこれいただくわ」


 もう一人はその友達だったようだ。二人は帰って行った。遠くで様子を見ていた旦那は、中へ入って行った。


 朝吉は驚いた。駆け寄りその場に両手を付いて謝った。


「申し訳ありません。恩を仇で返すようなことを致しまして、誠に申し訳ありません」


「頭を上げなさい。謝るのはこっちの方だ。朝兵衛さんの息子だと知っていれば、色々やりようがあったと反省しています」


「申し訳ありません。落ち着いたらご挨拶に行くつもりでした」


「良いんですよ。話せなくて苦しい思いをしたでしょう」


 その言葉を聞いた朝吉は、ぐっと胸に詰まり俯いた。堪えきれず涙がぽたぽたと床を濡らした。


「朝吉は番頭としてよく尽くしてくれました。のれん分けと同じです。相応しい品揃えをさせて下さい」


 旦那は朝吉の両肩をポンと叩いて、


「とりあえず100反程用意しましょう。代は売れてからの後払いにします。それに帯と細々した付属の品も用意しましょう」


 護り屋は辺見晋一郎が束ねていた。護り屋は裏の仕事であったが辺見が表の仕事に変えた。


 江戸の町は二百年も戦が無く平和が続いていた。それは貧富の差を増長していった。


 浪人が増えた。盗人も増えた。平和の中に不安が存在した。そのために用心棒を雇う者が増えた。


 士官口を探す腕の立つ浪人が雇われた。しかし、用心棒をしたとわかると士官は断られる。秘密裏の仕事だった。


 さらに、用心棒と言う名前も聞こえも悪かった。やくざや博打場を中心に雇われていたからである。


 前任者神代から護り屋を引き継いだ時、良い名前だと思った。神代は用心棒では看板は掛けられないと言った。


 辺見は、人を護るのに秘密裏にすることはおかしいと思った。又、浪人に限る必要はない。腕の立つ町人もいる。


 神代は札差のみの用心棒をさせていた。辺見が引き継いだ時から商家や個人の護りまで広げた。


 不穏な世の中だけに、商家からの悲痛な依頼が来たことがきっかけだった。


 商人に侍の護りは目立ち過ぎた。急遽、腕の立つ町人を探した。それが功を奏して依頼が急増した。


 辺見は腕の立つ町人探しただけでなく。敷地内に道場を作り、護り人を育て始めた。


 今では護り屋は、深川だけでなく本所から浅草まで知れ渡るようになり、れっきとした表仕事となった。


 辺見には家族があった。街中の二階長屋に住んでいた。お雪と言う女房に、長男の一平、美津と言う娘があった。


                     つづく

次回は10月20日火曜日朝10時に掲載します