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      護り屋異聞記 15.

 座るとすぐに、女中がお茶を運んできた。旨いお茶だ。流石に大店は出すお茶も良いと旨そうに啜った。


 啜っていると早く着いたにもかかわらず、伊原屋左兵衛が女中に入れ替わり入って来た。待ってでもいたのか。


 谷崎を見ると落胆したかのような顔をした。痩せ気味で病上がりのような顔をしている。おまけに片腕が無い。


「佐兵衛です。今夜はよろしくお願いします」


 四十半ばを過ぎていようか、札差らしくない温和な顔をしている。座ると挨拶をした。


「谷崎伝九郎と申します。務めさせていただきます」


「今夜、札差片町組の集まりがございます。事情がありまして、私の出席を阻みたい者がおります。命まで狙うとは思いませんが何が起こるかわかりません。よろしくお願いします」


 穏やかな口調で言う。それだけ言うとゆっくり立ち上がり部屋を出て行った。


 それから㈣半刻程(30分)して伊原屋を出た。佐兵衛の駕籠の後を2間保ちながら歩いた。暮6つはもう真っ暗だ。


 駕籠の先棒に付いた提灯が、歩きに合わせて揺れる。㈣半刻程の距離だ。深川洲崎の料理屋へ何事も無く着いた。


 料理屋の前付近には駕籠が10台程並んでいた。谷崎は料理屋の待合部屋に通された。


 一刻程して中居がお客様お帰りですと告げに来た。待合室にいた供の者達は、我先にと玄関口へ向かった。


 佐兵衛は最後に出て来た。苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ゆっくり出て来た。


 谷崎に軽く頭を下げると何も言わず駕籠に乗り込んだ。その駕籠の後を2間程開けて谷崎は歩いた。


 料理屋に向かう途中、襲われるならここだろうと思う2ヶ所に目星をつけていた。


 宵5つ半と言いながらも深川の街中である。人の通りは無いわけでない。そこは神社の脇道である。


 思いは的中した。角を曲がってすぐに、駕籠の前を浪人風の男が立ち塞がった。駕籠屋はその脇を通ろうとした。


 男はすらりと刀を抜いた。駕籠屋はあっと驚き、駕籠をドスンと地面に置いて逃げた。


 谷崎は一足飛びに男の前に出た。鞘のままその刀を叩き落とした。刀は抜けなかったのである。


 佐兵衛は突然のことに、何事かと駕籠から這って出た。


 男は唖然とした。駕籠の後に続く男がいることは承知していたが間に合うはずがないと思っていた。


 男も殺すつもりはなかったようだ。脅すのが目的だった。それが依頼だった。殺せば後が厄介である。


 男は剣に自信があり、後ろの護り人等眼中になかった。それが一瞬に刀を叩き落とされた。咄嗟に脇差を抜いた。


 時すでに遅し。谷崎の剣は鞘のままではあるが、男の喉元を突いていた。その激痛にへなへなと座り込んだ。


 それでも脇差は手に持ったまま落とすことはなかったが、戦う気力は失せてしまった。同時に死を覚悟した。


 佐兵衛は駕籠を支えに立ち上がると、遠くで見ていた駕籠屋が戻って来た。


「谷崎様、誰の差し金か聞いて下さい」


 谷崎は振り向きもせず喉元の刀を男の頭上に構え直した。鞘のままではあるが男にとっては絶対絶命である。


 男は観念したのか、脇差を鞘に納めた。大刀は一間先に転がっている。


 明るい月明かりであったが表情まではわからない。男は無言のままである。佐兵衛は語気を強めて繰り返し言う。


「誰の差し金か聞いて下さい!」


「無理であろう。この男どうする?」


「では、番所へ突き出しましょう。駕籠屋さん提灯をここへ持って来て」


 提灯に照らされた男の顔は意外だった。若い。二十半ばくらいであった。谷崎も驚いた。


「佐兵衛さん、この男を後ろ手に縛ってくれ」


 佐兵衛は自分の扱き紐を外し、男の手を後ろ手に縛り上げた。男は頭上の刀に身動き出来ない。否、しなかった。


 谷崎はあの夜の自分を思い出した。何かわけがありそうだ。駕籠の後に男をその後に谷崎が並んで歩いた。


 途中、駕籠屋が番所への道へ曲がろうとすると谷崎は、


「待て!そのまま店へ行け」


 駕籠の中の佐兵衛は聞こえていたが、谷崎様にお考えがあるのだろうと聞こえぬ振りをしていた。


 駕籠は札差伊原屋に向かった。


 店前10間近くに来ると、番頭と手代が駕籠屋の掛け声を聞きつけて明かりを点けて出て来た。


「駕籠屋、止まれ」


 谷崎が声を掛け、男の背を押し駕籠の前に出した。佐兵衛は何事かと駕籠の御簾を自分で上げた。谷崎が小声で、


「この男、身共に任せて下さらんか?」


「良いでしょう」


「では、ここで失礼致す」


「わかりました」


「ありがとうございます」


 佐兵衛は訳は聞かなかった。駕籠屋に向かって合図すると黙って御簾を降ろした。駕籠は店前に着いた。


 それを見届けると、谷崎は男の扱き紐をほどいた。男は観念したのか逃げようとしなかった。


「ついて来るが良い」


 谷崎は3町程戻った所の居酒屋へ入って行った。男も黙って後に続いた。3人の先客がいた。奥の端に座った。


 頼んだ熱燗2本とぬか漬けがすぐに出て来た。


「さ、一献いこう」


 谷崎は男のぐい呑みに注ぎ、続いて自分のぐい呑みに注いだ。男は膝に両手を付き、


「お助けいただきまして、かたじけのうございます」


「さ、飲むが良い」


 徳利を手に勧める。男はぐい呑みを両手で持ち、一気に飲み干した。そこへ酒を注ぐ。それを3度繰り返した。


「どうだ、人心地ついたか?」


「はい、番所へは?」


「はは、ここが番所だ。落ち着かないようだが、誰か待ってる人がいるのか?」


 それには答えず、


「許していただけるのですか?」


「ことと次第によってはな。いつもこんなことをしているのか?」


「今夜が初めてです。妻の薬を買いたかったのです」


「病は何だ?」


「労咳です。医者に朝鮮人参が良いと言われました。一両と言う高額です。口入れ屋に良い仕事は無いかと頼んでおりました。それがこの仕事です」


「うん?神社で腕調べをしたか?」


「はい、どうしてそれをご存じで・・・」


 谷口は腕組みをして目を瞑った。


                      つづく

次回は2月2日火曜日朝10時に掲載します