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          護り屋異聞記 12.

 小名木川沿いの狭い敷地に、無理やり立てたような二棟並んだ棟割長屋。別名貧乏長屋と言う。


 一棟に棟で割り、左右に6部屋づつ12部屋。二棟に24部屋。独り者は6人。夫婦が18部屋36人、子供が21人住む。


 夫婦者の2部屋が家賃滞納無しだが、後は全て滞納していた。半年近い滞納者が半分以上である。


 谷崎も2か月滞納していた。大家は堪りかねてやくざを頼んだ。毎日未の刻になると引き連れて取り立てに回った。


 そんな時、谷崎に仕事が舞い込んだ。20両になると言う。食うにも困っていた。内容も殆ど聞かず承諾した。


 それだけあれば自分の家賃だけでなく、全員の家賃まで払える。降って湧いたような幸運だと思った。


 甘い話は、当日内容を聞かされ驚いた。動けなくしてくれれば良いと言う。言葉は柔らかいが殺人である。


 前金の10両は全員の家賃にした。全員の溜まった半分の家賃が支払われた。住人全員、谷崎を神のように崇めた。


 金は使ってしまった。今さら断ることは出来ない。動けなくすれば良いと言う言葉を都合良く解釈した。


 足を一本折れば良いとの解釈である。ところが、護りが強固であった。脚を折るだけどころか自分の命が危ない。


 気がついたら、自分の片手が落とされていた。最早これまでと死を覚悟した。


 長屋に着くと全員が外に出て待っていた。自分の部屋に入ると、行燈が灯され火鉢が入り炭が赤々と燃えていた。


 掃除が行き届いていた。全員が口々に良かったと喜び合い、涙すら浮かべている者もいた。


「先生、お帰んなさい!お腹お空きでしょう?」


 目の前に酒と食事が並んだ。谷崎は胸が熱くなった。


 酒など買える余裕はないはずである。みんなで出し合って用意したのであろう。


「先生、どうぞ」


 一番若い女房が背中を押されて酒を注ぐ。入口は住民たちで溢れかえっている。容赦なく冷たい風が入って来る。


「先生がお寒いぞ。そこを閉めろ」


「いや、みんな中へ入ってくれ。上がってくれ」


 谷崎の言葉に10人程の住民が入って来た。4畳半の部屋はぎっしりになった。


「みんな、心配かけたね。この部屋はもうないと思っていたが、良く残っていたね」


「先生、家賃は毎月払ってあります。みんなで出し合っています」


「本当か?それはすまない。みんな大変だろうに申し訳なかった」


「先生のおかげでこうして暮らせていけます。ただ半年以上溜まった部屋は家財道具一切を外へ投げ出され住めなくされました」


「4家族が出て行きました。今頃どこでどうしているやら。一家族は子供が二人いました」


「大家は鬼です。やくざ者二人雇っているんですよ」


 谷崎は目を瞑って腕組みをしようとした。組めない。はっと気付いた。


 それを見た住民達は目をそむけた。そのうちの一人が、


「先生、その手はどうなさいました?」


「ばか、そう言う事聞くもんじゃない!」


 そばにいた男がすかさず言う。


「あっ、良いんだ。これは大したことない。転んで骨を折った。状況が悪くて切るしかなかったんだ」


「先生、明日から私たちに任せて下さい。食事や洗濯、掃除など一切私達がします」


「大丈夫だ。もう慣れた。それよりみんなの家賃は大丈夫か?」


「はい、来月払わないと半年になる部屋が二人います。私は再来月です。もう毎日が生きた心地しません」


「よし、わかった。何とかしよう」


 それを聞いて住民たちはほっとした顔をしたが、片腕を見て思い直した。


「先生、大丈夫です。みんなで何とかします。帰って来て頂いただけで心丈夫です。な、みんな!」


 住人達は戸惑った顔をした。成す術が無いのである。


「心配するな。わしが何とかする」


 この夜、谷崎はどうしたら良いものかと明け方近くまで眠れなかった。


 いつの間に眠ったのか、引き戸の開く音で目が覚めた。


「今、何刻だ?」


「起きてらっしゃいましたか、朝5つが鳴ったばかりです。朝ごはんを用意して参りました」


 長屋の女房がお盆を片手に抱えて入って来た。後からもう一人がおひつを持ち、もう一人が味噌汁の鍋を抱えている。


「すまんな、面倒を掛ける。顔を洗って来る」


 顔を洗いながら気持ちは定まった。ここに戻る。このまま捨て置けない。飯を食べるとすぐに護り屋へ向かった。

 

 護り屋に戻ると太吉が明るい声で、


「お帰りなさい。先生がお待ちです」


 辺見がいつものごとく穏やかな顔で座っていた。


「勝手に外泊を致しまして申し訳ありませんでした」


「住む家があって良かった。実は心配していたのだ」


「色々ご配慮ありがとうございました。心に沁みております。その上に厚かましゅうございますがお願いがございます」


「何の配慮もしていない。谷崎殿の心根が真っすぐだからです。その願いとやら聞きましょう」


「はい、護り人をさせていただきませんか?」


「それはこちらとしても願っても無いことだが、まだ養生中だ。まだしばらくは道場だけでゆっくりされると良い」


「ご配慮ありがとうございます。それを無にして厚かましゅうございますが、どうしても入用なことがございまして・・・」


 言いながら畳に頭をつけるようにして下げた。


「余程の事のようだな。いか程かな?」


「10両程でございます」


 心苦しくて頭を下げたままで言う。


「10両とは大金だな。良いだろう。持って行きなさい」


「えっ!」


 谷崎は、意外な返事に顔を上げて辺見を見た。辺見は後ろの茶箪笥の引き出しから10両を半紙に包んで出した。


 谷崎は驚いて言葉を無くした。辺見はにっこり笑いながら、その上に2両を乗せた。


「これは今月の手当てです。これから毎月道場の手当てとして出させて頂く。護りの代金は別にお支払いする」


 谷崎は顔を畳に伏せたまま上げられなかった。


「それから、通いにしても良い。好きにされるが良い」


 辺見の温もりのある声が、谷崎の心いっぱいに広がって行った。堪らなくて叫びたい程だった。

次回は1月12日火曜日朝10時に掲載します