Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

         護り屋異聞記 10.

 「さ、どうぞ!ここの酒は旨いですよ」


「おっ、これは旨い!酒は久しぶりです」


「実は私もそうなんです。いつ何時お呼びがかかるかも知れません。日頃は控えています」


「それは大変ですね。今日は特別ですか?」


「そうです。先生から谷崎さんと一緒して来いと仰せ使ったのです」


「辺見先生がですか?何かわけがありますか?」


「はは、わけなど無いです。ただ、谷崎さんの真摯で謙虚な姿を先生は見ていらっしゃいます。道場へお呼びになったのはそれが理由でしょう」


「・・・・・」


 谷崎は無言で太吉を見た。


「それにしても向かい合うと押しつぶされるような圧力を感じます。何流を御遣いになられますか?」


「武州一刀流と言います。田舎の道場剣法です。食うに困ってありついたのが先日の仕事です。命を落とす所でした」


「先生も一刀流です。名を甲源一刀流と言います」


「あの高名な一刀流ですね。足元にも及ばぬはずです。良くぞお助けいただきました。あの時死を覚悟しておりました」


「それは私の方です。あの時先生に中へ入っていただかなかったら、そのまま真っ直ぐ上段から踏み込んで行きました」


「それを私がしました。先生が前に立ち、どうにも動けなくなりました。恐怖で捨て鉢になり斬り込んで行きました」


「申し訳ありません。嫌なことを思い出させてしまいました。忘れましょう。どうぞ、飲みましょう」


「ありがとうございます。しかし、忘れません。初めて死の恐怖と直面しました。それは生きることへの未練です」


 手に持ったぐい吞みの酒を飲まずに下に置くと、


「何の意味もなく生きていても、未練があったのです。生きるとは不思議なことです」


 そこへお米が鯖の味噌煮を持って来た。それぞれに出しながら、


「おやじさんからです。旨いですよ。みんな蕎麦より旨いと言っています。内緒ですけどね」


 余計なことを言うお米だが、二人は苦笑いをした。おかげで重苦しい空気が途切れた。


「お米ちゃん、おやじさんによろしく言ってね。それから酒を頼む。熱燗にしてね」


「はーい!」


 にっこりと太吉を見つめるようにして戻って行った。谷崎は一目でお米の気持ちを察した。太吉は下を向いた。


「太吉さん、気立ての良い娘さんですね。ここの娘さんですか?」


「いえ、違います。ここの娘さんは先生の奥方様です」


「えっ、辺見先生の奥方様ですか?」


「あっ、余計なことを言ってしまいました。そうなんです。ですから、おやじさんは先生の義父になります」


「知らぬ事とは言え、大変な失礼をしてしまいました。ご挨拶に行って来ます」


 谷崎は立ち上がつた。太吉は慌てて止めた。


「お待ち下さい。今は立て込んでいます。帰りにご挨拶しましょう」


 店は混んでいた。あと空いてる席は入口のすぐ横の2席だけだった。引き戸が開くと風を受け寒い場所であった。


 お米が燗酒を運んで来た。二人は静かに飲んでいる。谷崎は無口。太吉も無口だった。


 そこへお米がぬか漬けを出して来た。


「どうかしたの?考え込んでいるようだけど」


 お米が不信に思う程二人は無口だった。太吉は救われたように、


「うん、谷崎さんがおやじさんに挨拶がしたいと言うから、今混んでるから後にしようと言ったんだよ」


「ああ、おの時のことね。朝昼晩と食事をお届けしたからね。半年以上も前のことよ。元気になられて良かったです」


「えっ、そうだったのですか。知りませんでした。それはなおのことお礼のご挨拶をしなくては」


 谷崎は立ち上がると、板場に向かった。板場では中年の板前におやじが何やら話していた。


「おやじさん、どこの居酒屋もうめてますよ。米が不作で酒が値上がりしたから、うめるしかないんですよ」


「ばかやろう!うめた水っぽい酒を出せるか」


「それじゃ、値上げするしか儲けは出ませんよ」


「ありがとよ、心配してくれて。おめーたちの給金は減らすことは無い。来月からは少し上げてやろうと思ってる」


「それはありがたいことですが、お店大丈夫ですか?」


「ばかやろう!俺が良いと言ってるんだ。余計な心配するんじゃない」


 谷崎は聞くともなく聞こえてしまった。挨拶は後にすることにした。そのまま席に戻った。


「どうしました。忙しそうでしたか?」


 太吉が怪訝そうに聞く。


「はい、忙しそうでした。帰りにします」


 座ると太吉が酌をしてくれた。


「うまい!」


 やっぱり旨い。これまであちこちで酒を飲んできたが何だか水っぽくて旨くなかった。ここの酒は旨い。


 江戸の居酒屋の酒がうまくない理由がわかった。


「太吉さん、おやじさんは流石ですね」


「そうですよ。でもどうかしました?」


 二人は顔を見合わせて、意味不明だがにっこり笑い合った。歳の差はあるが何だか気心が知れた。       


                     つづく

次回は12月29日火曜日朝10時に掲載します