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    覚悟の失業 8.

 「中学生の時ですか、一番辛い時ですね。お察しします」

「私、妹に助けられたと思っています」

「それはどうしてですか?」

「妹は中学1年生でした。二人だけの姉妹です。私は3年生で受験期でした。世の中は終わったと思いました」

「妹は毎日泣いてばかりで、食事もほとんど食べません。父は勤めに出てますから、家には私しかいません」

「どう慰めて良いのかわかりません。明るく振舞うしかありませんでした」

「そんなある日、お姉ちゃんは悲しくないの?と聞いてきました。答えようがありませんでした」

「悲しいと言えなかったのです。『あのね、お母さんはそばにいるのよ。由香ちゃんが泣いてばかりいるからお母さんも泣いてるのよ』お姉ちゃんも泣きたくなる」

と言うと、

「お母さん見えるの?」

「見えるわよ。お姉ちゃんと由香ちゃんの所を行ったり来たりしてるわよ。でも、最近は由香ちゃんの所ばっかりよ」

「お母さんを由香が困らせてるんだね」

「そうよ、そばで見守っているんだから大変よ」

「それ以来、妹は泣かなくなりました。私は妹のために強くならなくてはと思いました。私も泣かなくなりました」

「辛いこと思い出させてすみません」

「いいえ、昔のことです。池田さんの…」

 と言いかけて言葉を変えた。池田の母のことを聞くつもりだった。

「趣味って何んですか?」

「読書と音楽鑑賞です」

「音楽は何を聴かれるのですか?」

「今はブルックナーです」

「ブルックナーですか?一度も聞いたことありません。どんな曲ですか?」

「静から動に移る曲と言うか、心に活力を付けてくれる曲です。特に5番が好きです。あっ、交響曲です」

「クラッシックは全然わかりません。中学の音楽鑑賞で運命とか聞きましたけど。いつの間にか眠ってました」

「それで良いのですよ。脳が心地良いと判断したわけです。曲の本質を理解したわけです」

「あらら、そう言うことになるのですか?」

「今も昔から同じみたいですね。ハイドンは聴衆が途中で眠るのを防ぐために、作った曲があるくらいです」

「そんな曲があるんですか?」

「ハイドンの交響曲[驚愕]と言うんです。原語題はサプライズと言います。今度聞いてみます?」

「面白そうですね。是非聞かせて下さい」

「今度お持ちします。他に何か聴きたい曲はありませんか?」

「シャンソンなんかお持ちじゃないですよね」

「いえ、持ってます。ピアフや越路吹雪が好きですからあります。ハハハ、顔に似合わないと思ったでしょう」

「………」

「ボーカルも好きなんです。オペラのアリアからカンツォーネやジャズボーカルも聴きます」

「ジャズボーカルは私も好きです。ペギー・リーのフライミートゥーザムーンとか痺れます」

「素敵な曲ですね。でしたら、エラの曲でリーチング・フォー・ザムーンはご存じですか?せつなくて痺れます」

「いえ、知りません。是非聴いてみたいです」

「エラ自身の歌も良いですが、若手の歌手でリズ・ライトの歌はせつない。この歌だけ何日も繰り返し聴いていました」

「ますます聴きたくなりました。是非聴かせて下さい。いつお貸し下さいます?」

「僕はいつでも良いですよ。いつが良いですか?」

「今日でも明日でも。池田さんのご都合はどうですか?」

「じゃ、明日、ここに今日と同じ3時でいかがですか?」

「はい、わかりました。よろしくお願いします」

 また明日も会える。池田は嬉しくなった。このまま帰ることは無いだろう。食事に誘ってみようと思った。

「もうすぐ5時になります。7階がレストラン街になってます。食事に行きませんか?」

「はい、行きましょう」

 あっさり行くと返事をしてくれた。しかもにっこり微笑みながらの返事だった。 

                                      つづく

次回9回は9月3日金曜日朝10時に掲載します