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         覚悟の失業 13.

 清水は支払う義務があるからと誘いに乗った。池田の音痴と言うのも興味があった。カラオケは職場の同僚に誘われて以来である。1年以上も前である。


 カラオケはワカバウォークから道路を挟んですぐ前にあった。意外に空いていて、部屋にすぐ入れた。


 3畳程の小さな部屋だった。入口右横がカラオケ装置、左側と正面が続きのソファー、真ん中がテーブルになっていた。


 池田は清水に奥に座るように勧めた。正面になるからだ。

 

「何を飲みますか?ドリンクバーですから、僕が持って来ます」


「いいえ、私が行って来ます。池田さんは何がよろしいですか?」


「良いんですか?悪いですね。では、珈琲お願いします」


 清水が部屋を出て行くと、ドキドキして来た。まさか、カラオケに応じるとは思ってもみなかった。半分冗談のつもりだった。二つの珈琲を持って戻って来た。


「何を歌いますか?順番に入れましょう」


 初めは互いに遠慮しつつだったが、池田の調子っぱずれの歌に二人は気楽に歌い合った。清水の歌は、ごく普通であった。だが歌っている時の顔はせつなくなった。


 特に、清水の”人の気も知らないで”を歌った後は寂しそうだった。池田は余計なことを聞きそうになり、思い直して”ろくでなし”を入れた。


 池田はろくでなしと指で自分を差しながら歌った。清水が笑った。にっこり笑った。池田は嬉しくなって身体をぐるりと回しながら歌った。


 歌手の真似である。その様子がおかしいと清水はさらに笑った。歌が終わると彼女は思いっきり拍手をした。


「シャンソンって良いですね。寂しい歌も楽しい歌も何でもありますね。今日頂いた金子由香里のシャンソン聴きたくなりました」


「素晴らしい歌ですよ。彼女の歌はドラマを見ているようです。いつの間にか、その中に入っている自分がいるんです」


「わー、ますます聴きたくなりました」


「じゃ、ここの予約ももうすぐ終わりですから、愛の讃歌を聴かせていただけませんか?」


「はい、私の一番好きな歌です。歌わせていただきます」


 長めのイントロで始まる。彼女は目を閉じていた。歌い出しに目を開けた。始めの一音から惹きこまれた。歌詞が言葉になって伝わってくる。


 心が一杯に溢れた。拍手が遅れてしまった。彼女は静かに座った。


「愛の讃歌の歌詞の意味が良くわかりました。いつも聞き慣れているのに初めてです」


「そんなこと言われたの初めてです。嬉しいです。ありがとうございます」


「感動と言う言葉がありますが、言葉が無くなるのですね。身体が固まったようになりました」


「そんな……」


「いえ、聞いて下さい。愛の讃歌は大好きでピアフの原詩も読みました。永田文夫の訳詞が一番近いようですが、曲は岩谷時子の訳詞が一番です。今、お歌いになった詩がそうです」


「知りませんでした。永田文夫の詩はどんな詩なんですか?」


「そうですね、怖い程、愛を突き詰めた詩です。面白い現象があります。岸洋子など大物シャンソン歌手は、初めは永田文夫で歌っていますが、晩年は岩谷時子の歌詞で歌います。最近の歌手ではクミコがそうです。岩谷時子になりました」


「池田さん、是非聴かせて下さい。お願いします。どうしても聴きたいです」


「良いですよ、これから聴きますか?」


「はい、お願いします」


「僕のアパートですけど良いですか?」


 まさかと思ったが言って見た。CDを取りに行って来るのだと思っていた。


「はい、行きます」


 池田は嬉しくなり、伝票を手に、


「じゃ、行きましょう!」


 嬉しさで、心が喜びに溢れて来た。

                                                                                                                                     つづく

 続き14回は10月15日金曜日朝10時に掲載します