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        独身主義 8.

 「冗談では言えません。これでも思い切って言ったんです。今夜が最後でしょうから」


「えっ、どう言うことですか?」


 高橋はグラスを持つと、一気に半分ほど飲んだ。にっこり笑いながらグラスをテーブルに降ろした。


「こんな素敵な人が、また会っていただけるわけがない。僕は身の程をわきまえているつもりです」


「何をおっしゃっているのですか、こんなに楽しい時間は初めてです。これからもジャズのお話を聞かせていただきたいです」


「あれ?本気で言っています?」


「もちろんです。今までジャズの話は誰とも出来ませんでした。友人はもちろん、親兄弟もです」


「ははは、親兄弟も引き合いに出るとは面白い人ですね」


「はい、私は面白い人なんです。でも私、難しい顔をしているのでしょうか、誰も冗談言ってくれないんです」


「仕方ないですね。綺麗すぎると、冗談は通じないと思ってしまいます。まして、男はね」


「綺麗じゃありません。主観の違いだと思います」


「主観ね。そうです。主観です。そう言う主観の人が多いと、美人と言うのです。これは美人の定義だと思います」


「定義はどうでも良いです。ジャズのお話をお聞きしたいのです。エディ・ヒギンズのピアノ聞きたいです」


「あぁ、さっきの話ね。”あなたは恋を知らない”のCD。今度持って来て上げる」


「わー、聞きたい。是非お願いします。いつですか?」


「良いですよ、今度の日曜日でも。水野さんの都合がよければ」


「私、土曜日も休みです。早く聞きたいです。それともっとジャズピアニストのお話、聞かせて頂けませんか?」


 その時、吉田がそばに来た。


「僕ら用事が出来たから先に帰る。ごめんね。高橋君と水野さんは、せっかくの夜景だからゆっくりして行ってね」


「あ、そう。じゃ、僕らも帰るよ」


 友が帰るのに自分達が残るわけにはいかないと思った。それに、水野さんを引き留めては彼女に迷惑だろうと思った。


 高橋が立ち上がると、水野は戸惑ったような顔をして合わせて立ち上がった。吉田の配慮は水の泡となった。


 新宿駅に着くと二手に分かれた。高橋以外は京王線。高橋は三人に手を振られながら小田急線に向かった。


 電車が走り出すと高橋は後悔した。窓に映る自分の顔をじっと眺めていた。その顔は他人のようだった。


 彼女は土曜日も休みですと言った。日曜日を断ったわけではないのだ。しかし、返事も聞かず立ち上がった。


 これが身の程を知ると言うことだ。本当は断られるのが怖かったのかも知れない。


 自分はずっと年上だし、整った顔でも風采が良いわけでもない。これで良かったのだ。車窓に夜景が流れて行く。


 その車窓に、水野の戸惑った顔が映し出された。胸がせつなくなってきた。自信のない自分が情けなかった。


                       つづく

次回は5月22日金曜日朝10時に掲載します