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          独身主義 14.

 今日はあいにくの雨。テラスには出られない。窓際の席に座った。そこは9階のカフェ。


 水野は目をつむり、両手を耳に当て聞き入っている。イヤホンでエディ・ヒギンズを聞いている。


 やっぱり、ポータブルCDプレーヤーを持ってきて良かった。高橋は嬉しそうな顔で、聞き入る水野を見ている。


「素敵ですね。マイファニー・バレンタインのイントロはため息が出ます」


 水野は放心したような顔で高橋を見る。高橋は我が意を得たりと、


「素敵なソロ・ピアノでしょう」


「このまま、ずっと聞いてしまいそうでした。お借りして良いですか?」


「そのCD差し上げます。予備を持っていますから」


 嬉しくて思わず言ってしまった。予備など持っていない。


「本当ですか?本当に頂いて良いですか?ありがとうございます」


 水野の嬉しそうな顔。高橋も嬉しくなった。


「素敵な演奏なら他にもあります。曲はジャズに限っていませんが、ピ-エール・ビュゾンのソロ・ピアノです。聞いてみます?」


「えぇ、ぜひお願いします」


「早い方が良いですね。明日は、お時間ありますか?」


「はい、大丈夫です。何時でも良いです」


 思いがけないことになった。明日また会える。


「じゃ、このカフェに14時にいかがですか?」


 午前中では早すぎる。昼食時間帯ではゆっくり話が出来ない。咄嗟に思いついた。


「はい、わかりました。明日も楽しみです」


 どうしたのだろう。この人には素直にものが言える。年上のせいかしら。違う。安心出来るの。なぜかしら。


 気が付けば17時を過ぎていた。ピアニストの話は、演奏の感性と情感の話に発展した。


 演奏の感性は生まれ持ってのことである。情感は人生経験を味として、演奏の深みにつながると高橋は言う。


 水野も同感だった。さらに、高橋は喜びと嬉しさは楽曲に広がりをもたらし、辛さと悲しみは深みをもたらすと言う。


 「それじゃ、失恋しないとだめですね」


 水野が笑いながら混ぜっ返すと、高橋はえっと言う顔をして笑った。そして、二人は顔を見合わすと笑い合った。


 水野は思っていることをそのまま話せた。何の躊躇いもなく自然に話せた。こんな自分がいることを初めて知った。


「そろそろ食事に行きましょうか?」


 高橋の誘いで水野はお腹が急に空いて来た。


「はい。お腹空きました」


「14階なんです。我慢できますか?」


「何とか頑張ります。ふふ」


 水野は嬉しそうに、にっこり笑いながら答えた。飾らないそのままの自分がいた。


                       つづく

続きは7月3日金曜日朝10時に掲載します