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      淡き想い 1

 「落としましたよ!」


 男が降りようと席を立った時、隣の女性が声をかけた。ボールペンを手にしていた。


「あっ、すみません!ありがとうございます」


 にっこり微笑んだその顔に、どこかで見た気がした。


 歳の頃40才前後であろうか綺麗な人だ。


 それからひと月程経ち、そのことはすっかり忘れていた。


 昨夜は徹夜。遅い出社となった。車内は吊皮につかまっている人はいないが、座席はほぼ満席だ。


 ふと前を見ると、あの時のボールペンを拾ってくれた人が目の前の席に座っている。


 男は挨拶して良いものかどうかと考えた。綺麗な人だからためらっていた。


 男は編集の仕事をしている。忙しい時は自宅に仕事を持ち帰る。その翌朝は11時までに出社すれば良い。それは許されていた。


 社員6名の小さな出版社だ。自費出版を専門としている。


 次の駅で乗り換えだ。男が立ち上がろうとすると、その前にその人は立ち上がった。


 その人は乗り換えホームへ進んで行く。男と同じだった。


 後ろ姿はすらりと細身で、肩まで垂らした黒髪が歩く度に揺れていた。


 急いでいるのだろうか少し速足だ。男も合わせて速足になった。


 ホームに着くと、直ぐに急行が入って来た。この急行に合わせて速足になったのだ。


 ここから渋谷までは、急行と普通電車との時間差は殆どない。男はいつも、来た電車任せに乗っていた。


 男は何だかどきどきしてきた。彼女に続いて乗ったが、隣に座るには気が引けて斜め前の席に座った。


 これではまるでストーカーだ。男は反省した。ふと前を見ると彼女が見るともなく前を見ている。


 男は彼女を見つめた。視線を感じたのか彼女と目が合ってしまった。


 彼女が一瞬、あらっと言うような顔をした。男は思わず立ち上がって、


「先日はありがとうございました」


 思わず挨拶をした。 


                     つづく

次回は1月26日金曜日に掲載します