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4、水を得た魚

「早水様、お出かけでございますか?」


偶然とは言え、慎之介に会えた喜びが、綾乃の顔にはそのまま満面の 笑みとなっている。

「はい、人を訪ねております」


 慎之介は、一瞬戸惑ったように言う。そして、


「先日は大変失礼いたしました。お気を悪くなさっていませんか?」


「いいえ、おかげさまで痛みも少なくなり大分良くなりました」


 綾乃は、両手に抱えた風呂敷包みを持ち直すようにして手を見せる。慎之介は嬉しくなった。思い違いだったのだ。世の中が急に明るくなったように感じた。


「そうですか!それは良かった。明日にでももう一つ届けに行きます」


「ありがとうございます。小太郎が早水様のお出でになるのを、心待ちに致しております。あれから毎朝『今日はおじちゃん来るよね』 とうるさいほど繰り返しております」


 そのとき、駆けつけて来た男がいる。


「早水殿!やっぱり早水殿だ」


 十郎である。嬉しそうに駆けて来た。綾乃は気を利かせて、


「それでは、わたくしこれで失礼いたします。明日はお待ちいたしております」


 綾乃は十郎にも会釈をして、心残り気に立ち去った。

「あれ、いいのかな?お邪魔だったかな?」


 慎之介は事の成り行きに、高鳴っていた胸の鼓動は急速に静まっていった。しかし、綾乃が不快感を持っていたどころか、再訪を待っていると聞き、再び嬉しくなった。


「杉崎殿、実は貴殿を探しに参った」


 思わず改まった言い方に、十郎も改まって、


「拙者の家は直ぐそこです。立ち話も何ですから、お出で下さい」


  裏長屋は、そこから十間程の距離にあった。その長屋の二軒目が十郎の自宅である。入口に桶が置いてあった。十郎はそれを手にして、


「洗い場に行こうとして、早水殿を目にし、すっ飛んで来ました。どうぞ、中へ」


 十郎は、部屋奥に寝たきりの妹に向かって、


「千代、早水殿がお見えだ」


 千代は半身を起こし、急いで身繕いをし、髪を手で整えた。慎之介はそれを目にして、


「どうぞ、そのままで。すぐお暇いたします。」

 千代は起こした半身をかがめてお辞儀をする。


「大変お世話になりました。ありがとうございました」


「いえ、何のこともありません。どうぞ横になって下さい」


 と言い、向き直って、


「十郎殿、実はお願いの儀があって参った」


 十郎は急ぎ上がり、座布団を裏にして出し、


「早水殿、どうぞお上がり下され」


「いや、ここで結構です」


 と上がり間口に腰掛ける。十郎はその場に両手をつき、


「早水殿、先日はありがとうござった。おかげで千代も、この通り


回復に向かっている。改めてお礼申し上げる」


 千代も一緒に丁寧にお辞儀をする。やつれてはいるが、抜けるような白い顔に、澄んだ切れ長の目、鼻筋通り小さく閉じられた口。なかなかの美形である。


「して、今日は何用でござるか?何なりと申し付け下され」


「そう改まって聞かれると困るが、十郎殿に仕事を手伝って貰えないかと・・・・・」


「何の仕事かわからないが、願ってもないことです。楊枝削りと大工雑用を致しておるが、やっと糊口を凌いでいる」


「がまの油売りです」


「口上を延べて売るやつですね」


「そうです。筑波に知人がいて販売を託されている。私も仕事は、同じく楊枝削りから大工雑用まで色々やったが、一番金になる」


 とにっこり笑うと、


「面白い!」


 と十郎はぽんと手を叩いて、


「やらせて貰いたい。以前に浅草で見たことがある。やってみたいと思っていた」


 話は簡単にまとまり、翌日から、両国広小路近くで辻立ちをした。これが、凄いことになった。慎之介の三倍を越えて売るのである。


 そして、今日は広小路の露店に近く、わいわいがやがや、見物と買い物客で溢れぬばかりの人である。


「さーぁ!お立会い。見るも見ないも勝手だよ。刃のない竹光では手は切れない。しかし、刃も当てないのにあかぎれだ!これは痛い。治らない」

「だが、このがまの油をつけると、痛みはとれる。直ぐ治る。ほらほら、もっと前にお出で。おっと、通行人の邪魔になっちゃいけないな」


 立ち止まった初老の男と女にすかさず、


「あっ、若い衆、姉さんが前だよ。お前さんのことだよ。えっ、若い衆じゃないって。ごめんよ、十年前は若い衆だ。姉さんだってそうだよ。十年前は乙女だよ。今は奥方様だ。その気品がいいねー。綺麗だね!」


「そして、若い衆、お前さんは、役者顔負けのいい男だ。その分、姉さんは、うーんと苦労したよ。大事にしてやんな」


「ねえ、お侍さん、何売ってんだ。買うよ。いくらだい」


「がまの油だ。五十文だ」


「よし、俺とこいつの分だ。二つおくれ」


 と、こんな具合で、薬の口上を延べる前に、幾つか売れてしまう。

 口上が始まる。

「・・・・・・・・竹光だから斬って見せるわけにいかない」


 と言うと、客がすかさず


「どこの質屋だ、受けだして来てやるぜ」


「ありがとう、ばあさんも一緒だがいいか?」


「ばやろー!てめーで行け」


「だがな、切り傷はそういつもあるわけじゃない、あったら困る」


「今、皆さんが一番困っているのは、しもやけ、あかぎれだ。しもやけは痒い、あかぎれは痛い」


「世の中のお女中はかわいそうだ。あかぎれでも冷たい水を使って炊事洗濯。特に洗濯は死ぬほど痛い」


「男はいい気なもんだ。家に帰れば、俺は仕事をしてきたんだ!酒だ、めしだ、寝床だとぬかす。男が仕事する、当たり前のことだ!かみさんの苦労はちっともわかってない」


「かみさんは、疲れたお前さんのために、あかぎれの痛さを歯を食いしばって、炊事だ洗濯だと頑張ってる。あかぎれは痛い。男にはわからない」


「おい!一つくれ。あかぎれに良いんだな」


 つられて何人か一緒に買う。十郎はすかさず言う、


「いやー!江戸っ子だね。心持が違う」


 でまた売れる。


 こんな具合で日に三十個以上売れる。十郎の周りは笑いと人情に溢れていた。仕入れが十五文だから三十個として千五十文の利益(現在の約二万六千円)。


 その時だった。


「おい!さんぴん。誰に断ってここで売ってやがる」


 見ると人相の悪い三人組。さっきの口上で竹光と知って、一段と声高に怒鳴り散らす。


 集まっていた客は、蜂の子を散らすようにいなくなった。


                                 つづく   

        5、後悔先に立たず

 十郎は、誰もいなくなるとにっこり笑って、


「すまなかったな、ここはお前の土地だったのか、天下の公道と思ってたがな」


 とにやり、


「とぼけやがって、やっちまえ!」


 と二人に首を横に振り、合図する。


「野郎!」


 と二人一度に殴り掛かる。一人は足をすくわれて顔から地面へと落ちていった。もう一人は殴ったつもりが空振りで、あれっ!と思ったところに頭の真ん中にごちん!とこぶしが落ちて来た。目から火花が出た。あまりの痛さに頭を両手で押さえてしゃがみこんだ。これが一瞬の出来事だった。


「今度は、お前の番だ、早く来い」


 命令した男に、十郎は再びにっこり笑って催促する。


「覚えてろ!]


 慌てて、捨て台詞を吐くと、逃げて行った。後の二人も飛び起きて、慌てて逃げた。


 このことを、十郎は予想しなかったわけではない。慎之介も注意を促していた。そこは露店並びに近すぎた。


 十郎は少し気を削がれて、一服し始めた。時は牛の刻。


 その頃、但馬屋の帳場に慎之介は座っていた。誰が見ても武家の顔である。


 際立った凛々しさの若侍。今はやりの役者も顔負けである。  お客の大半がお女中であるだけに、慎之介が座っているだけで、華やいだ。 お女中客の中には、品選びの最中に、ちらりちらりと慎之介を見る者もいた。


 但馬伝兵衛の読みは当たった。一石二鳥である。しかし、慎之介の頭の中は、昨日の後悔でいっぱいであった。


 慎之介が綾乃を訪ねたのは、昨日昼八つ(午後二時)である。


 二人は待っていた。 小太郎は小躍りして喜んだ。綾乃は慎ましやかに迎えはしたが、その喜びようは上気した頬の色でわかった。


 小太郎は慎之介の土産の団子を、


「おじちゃん、おいしいね。もう一本食べていい?」


 小太郎はみたらし団子を、まだ口にほおばりながら聞く。


「いいとも、何本でも好きなだけ食べなさい」


 小太郎は、ちゃっかり慎之介の膝の上に座って食べている。綾乃は慎之介にお茶を出しながら、


「ま、なんてことを、小太郎、早水様はご迷惑ですよ」


 と言いながら、嬉しそうである。小太郎のはしゃぎようは、何年かぶりである。さらにもう一本をほおばりながら、


「おじちゃん、今日はゆっくりしてってよね」


 綾乃も慎之介をちらっと見る。


「いいとも、夕刻くらいまで遊ぼうか?」


 綾乃はなぜかほっとした。


「綾乃さん、あかぎれの様子はいかがですか?余りものですが、お使い下さい」


 がまの油を差し出す。


「ありがとうございます。おいくらでございますか?」


「余りものですから、お代は結構です。どうぞ遠慮なく使って下さい」


 慎之介はもっとあげたかったが、また来るときの口実にするつもりであった。


「お見せ下され」


 と手を差し出す。


「おじちゃん、おいらどくね」


 小太郎は子供ながらに気を利かせたのか、膝から降りた。綾乃はその言葉を心待ちにしていたようだ。


「はい、おかげさまで大分良くなりました」


 と頬を赤くしながら、そっと両手を差しだし、裏表にする。慎之介はその手を、片手づつ、手に乗せてじっと見る。


「大分良くなってきましたね、もう少しです。薬を塗りましょう」


 慎之介には勇気のいる言葉だったが、平静のふりをして、綾乃を見た。


「はい、お願いいたします」


 綾乃は恥ずかしそうに、小さな声で答えた。頬はますます赤くなった。慎之介は平静を装い、その手を愛おしむかのように、優しく薬を塗った。


 綾乃は塗られながら痛むのか、時々びくっとした。


「痛みますか?」


 慎之介は優しく優しく少しずつ塗った。慎之介の顔もぽーっと赤らんでいる。


 小太郎は面白そうに、二人の顔を交互に見ていた。二人には、小太郎のことなど頭から消えていた。 


  子供ながら小太郎は何だか急に癪に障った、


「まーだ!早くしてよ!」


 二人は我に返った。


「もう直ぐだよ、この手で終わりだよ」


   慎之介は治療を終えると、


「小太郎、何して遊ぶか?」


 小太郎は土間に立ち、


「おいら、剣術を教えて欲しんだ」


「小太郎、だめですよ。それはいけません」


 綾乃がきっぱりと言う。慎之介は綾乃を察して、


「おじちゃんは、剣術はだめなんだよ」


「嘘だい!おいら見てたよ。三人のやくざが逃げて行ったじゃないか。おじちゃん強いんだ、知ってるよ」


 慎之介は困った。


「そうだ!せっかくのいい天気だから、凧上げしようか?」


「おいら、凧持ってないよ」


 寂しそうに言う。


「ベーゴマならあるよ、おいら強いんだ」


 急に得意そうに言う。


「よし、やろう。おじさんも強いんだぞ、勝負しよう」


 小太郎に連れられて、近くの空き地での戦いは、慎之介がむきになるほど負けた。時は一刻程過ぎて、そろそろ夕七つ(午後四時)である。


「おじちゃん、お腹空いたね」


 慎之介も久しぶりに身体を動かしたから、お腹が空いた。


「小太郎、近くに蕎麦屋はないか?」


「知ってるよ、神社の近くだよ」


「よし、食べに行こう」


「だめだよ、母ちゃんに聞かないと怒られるよ」


「おじさんは、勝負に負けたんだ。罰としてご馳走するのが当たり前だろう。母上にも、小太郎

が勝った証拠にお蕎麦のお土産を持って行こう」


 小太郎は、ちょっと考えて、


「そうだね、おいら勝負に勝ったんだ。おじちゃんにお蕎麦ご馳走になるのは、当たり前だね。それに勝った証拠を見せたいしね」


 とませた口を利く。


「それと、今、母ちゃんのこと母上と言ったよね。どうして?」


「小太郎いくつになった?」


「七つだよ」


「そうか、武士の子は五つを過ぎたら、母上と呼ぶのだ。それは母を敬う言い方だ。敬うとは大事にすることだ」


「おいら、武士の子だよ。母ちゃんを大事にするよ!」


 二人は蕎麦を土産に長屋に戻る。


「ただいま、おじちゃんに勝ったよ。おじちゃんは弱いんだ。おいらに一度も勝てないんだよ」


「あら、ほんとかしら。凄いわね」


「うん!勝負にごまかしはない」


 小太郎は、胸をそらして自慢する。


「だから、蕎麦をご馳走になった。これ土産の蕎麦だよ」


 小太郎は威張って蕎麦の包みを母に出した。


「早水様、何から何まで申し訳ございません。ありがとうございます」


 と言いながら、綾乃の顔はふっと不安げになった。


「実は、お食事の用意をさせていただいたのですが、お召し上がりいただけないでしょうか?」


「いえ、お腹いっぱいでして、今日はこれで失礼いたします」


 ふと、綾乃は悲しそうな顔をしたが、思い直したように、


「それでは、お茶だけでもお召し上がりいただけませんか?」


「いえ、日も暮れて来たようですので、これで失礼致します」


 慎之介は言い出した以上、引っ込みがつかず帰って来てしまった、


 帳場に座っている慎之介は、後悔で胸が痛かった。


 綾乃はあかぎれの痛い手で、一生懸命、夕食を作って待ってくれたのだ。少しでも馳走になればよかったものを。男として度量がない。


 そもそも蕎麦屋へ行ったのが悪かった。後悔するがもう遅い。


 申し訳なさと、配慮の無さを思い出し、また、落ち込んでくる。


 そのとき、但馬屋の入口に、大きな風呂敷包みを、両手に抱えた綾乃が入って来た。  


                                つづく

6、予期せぬ出来事

 慎之介は、入って来た綾乃を見て、一瞬見間違えたかと思った。思わず立ち上がりかけた時、番頭が立ち上がり、


「お待ちになっていますよ、どうぞこちらへ」


 と手招きをする。綾乃は慎之介に気づかない。番頭に案内され別室へ入って行った。


 そこには、武家らしき初老の母と娘が待っていた。


早速、娘に着衣のまま、上から羽織らし、その母親が言う。


「良いわね。番頭さんの言う通りね。仕立ててみると一段と映えるわね」


 番頭は我が意を得たりで、


「柄は縫い合わせで決まります。縫い合わせは、経験だけでは出来ません。特別な感性が必要です」


「母上、素敵ですね。大変気に入りました」


 娘は袖を広げながら嬉しそうに言う。母親は縫い目を指でなぞりながら、首を頷き、


「番頭さん、これからもこの方にお願いしてね」


「はい、かしこまりました」


 番頭は嬉しそうに、


「綾乃さん、ご紹介を」


「ありがとうございます。綾乃と申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 両手をついて礼を言う。 


 別室では、そんな会話が交わされていた。


 但馬屋で綾乃は、特別な顧客の仕立てを専門としていた。


 母娘を、入口までお送りした番頭と綾乃は、店内へ戻ろうとして慎之介に気付き、綾乃が挨拶しようとすると、


「早水様、紹介いたします。綾乃さんです。特別な仕立てを頼んでおります。どうぞ、お見知りおき下さい」


 と言い、今度は綾乃に、


「早水様です。これから、旦那様の代わりに帳場にお座りいただきます」


番頭に、改まって言われると、慎之介は知り合いと言いそびれ、


「早水です。よろしく」


 綾乃も、咄嗟に合わせるように、


「綾乃と申します。どうぞよろしくお願い致します」


 とにっこり笑いかけられた。それだけで慎之介は、今の今まで


悔いていたことを忘れ、明るい気持ちになった。そして、二人には共通の秘密を持ったような、甘い疼きが芽生えた。


 綾乃は、帰りながら心は浮き浮きしていた。いつでも会いたい時に会える。何だか嬉しくなった。


 一方、広小路での十郎は、立ち上がると露店並びに近すぎたと反省した。しかし、今更この場所を移動するのは、逃げるようで己が許せなかった。


 気を取り直すように、大声を張り上げた。


「あかぎれ痛い!しもやけ痒い!暑さ寒さは我慢はできる。我慢できぬは、あかぎれしもやけ、板さ痒さの恨めしさ」


 いつの間にか、人の輪が出来ていた。あはは、あははと笑いながら、十郎の啖呵に聞き入っている。浅草で聞き覚えた啖呵を、十郎流に、言葉を繋いでいるだけだが、それが新鮮で笑いを誘う。


「痛い痛いはもっとある。切れ痔にいぼ痔に鼻血に親爺。鼻血の痛さはおでこ叩けば直ぐ治る。親爺の痛さは酒の二合で笑い顔」


「切れ痔いぼ痔は、ほっときゃ痛みさらに増す。泣いて神様頼んでみても、日頃の付き合いまるで無し。神様だって知らん顔。そこで頼りは、がまーの油」


「日頃の付き合いいらないよ。つけたその日が仲良しこよし。痛みなんか、きれいさっぱり消えてしまう。


 その時である。


「先生!こいつです」


 さっきの三人組である。用心棒であろうか、熊のような人相の浪人が一緒である。


「貴様か!所場荒らしは!」


 割れんばかりの大声である。


「先生!痛めつけて下さい」


 三人はさっきのことがあるから、誇らしげに言う。


  十郎は何食わぬ顔をして、


「ほう!」


 と浪人を見やる。


 脅しのつもりか、浪人はすらりと刀を抜いた。


「わーっ」


 と集まっていた客達は、遠巻きに大きくすざった。


 浪人はがまの油売りが、頭を下げて泣きついてくると思ったが、油売りは近くに転がっていた三尺ばかりの棒切れを手にして、右手にぶらりと下げ持って、半歩前に出た。


 浪人は思わぬ圧力を感じ、それを払うように上段から切りつけた。びしっと音がして、浪人は刀を落とし、右膝をついた。その瞬間、浪人の頭上には棒切れがぴたりと止められていた。格段の腕の違いである。


「参った!」

 三人も、意外なことの成り行きに、唖然とする。


「お前たちの親分に合わせろ」


 ならず者の兄貴分の首根っこを捕まえて、十郎が静かに言う。浪人はその間に素早くいなくなった。


 神龍一家徳蔵の別室。徳蔵は人払いをした。


「先生。申し訳ありません。子分が出過ぎたことをしでかしまして。あの場所は露店とは違います。どうかお好きに使って下さい」


 十郎を上座に座らせ、慇懃に頭を下げる。


「これは、些少ですがご迷惑料でござんす」


「そんなものはいらぬ」


「いえ、そうおっしゃらずに。先生には今後ともご指導いただきたいと思いまして」


「うん。そうか、ではいただいとこうか。ところで、何の指導か?」


「一家を張ってておりますと、色々ござんして、その際ご指導いただけばと思います」


「ははは、要するに用心棒ということか」


「へぇ、平たく言えばそうでござんす。失礼ながら、月五両お出しいたしやす。


 十郎はにやっと笑う。親分は慌てて、


「失礼いたしやした。十両お出しいたしやす。いかがでござんすか?」


「親分、ありがたいことだが、額に汗して働きたいのだ。せっかくの好意だが遠慮させてくれ」


「よござす、では露店の中で油売りをしていただけますか。もちろん、所場代はいただきません。先生がいらっしゃるだけで、こちらは安心でござんす」


「俺は何もせんぞ、それでもいいのか」


「結構でござんす。よろしくお願いしやす」


 徳蔵はぱんぱんと手を叩く。


「へい!」


 いつの間に用意させたか、二人の前に酒肴が並んだ。ほどなく芸子が呼ばれ、徳蔵と差し向かいで飲むうち、時は戌の刻。十郎はかなりの酩酊となる。


 十郎は左手に提灯を下げ、橋を渡り、土手に沿っての近道を通った。人っ子一人いない、寂しい道である。


 土手には柳の木が、道なりに植え込んであった。その陰に、二人の人影が潜んでいた。


                    つづく