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  19.乙女ごころ

  本所は路地裏の質屋。


「おや、しばらくでございました。お元気でしたか」


「親父、覚えているか?」


「そりゃ、もう、忘れやしませんよ。毎日のようにお出でになりましたからね。それが、ぱたっとお出でにならなくなりました。もう、あれから二年近くになりますか・・・・・」


「ところで、わしの刀はまだあるか?」


「ありますとも、期限はとっくにきておりますが、売れません。物が物だけに・・・・・」


「それ以上言うな!そうか、それは良かった。では、受け出したい」


「ようございます。お待ちください」


 無銘ではないが、田舎の鍛冶屋の作だ。江戸では通用しない。まして、太平の世の中だ。親爺は直ぐに持ってきた。


「いくらだ?」


「ヘイ、〆て十五両になります」


「そうか、すまんな!あの時はおかげで助かったぞ」


「仕官がお決まりになりましたか。おめでとうございます」


「ま、そういうことだ」


 借りたのが十両だから、大分割安にしてくれたようだ。


「借用の竹光はここに置いておくぞ」


「へい!こちらに頂きます」


 親爺は機嫌が良い。受けだしは無いとみていた商品が、受けだしに来たのだ。


 その日、早仕舞いした十郎は、広小路露店街を後にして、深川の材木屋へ向かった。十郎は歩きながら、久しぶりの両刀の重みに、ひしひしと喜びが満ちて来た。


 露店仲間の団子を手土産に材木屋に入ると、近くにいた職人が寄って来た。


「お侍さん、親方にご用ですか?」


「そうだ、いるか?」


「へい、おります。呼んで来ます」


 十郎が答える前に走って行った。


「あっ、杉崎様!どうぞ、どうぞお入り下さい」


 座敷に通された十郎に、さっと両手をつき、


「昨日はありがとうございました。おかげさまで、楽しい夜を過ごさせていただきました。さ、こちらへお座り下さい」


「いや、お礼はこちらの方だ。あんなに華やいだ夜があろうとは・・・。生まれて初めてのことだ。大変な散財をかけてしまったな」


「さらに折詰だ。妹はわしを罪人扱いしおった。大変な大金だ。驚いたのはわしもだ。ただ、わしは、遠慮と言うものを知らんから、早速、使わせていただいた。竹光の返却じゃ。ほれ、本身じゃ。やっと本分を取り戻した。かたじけない。この通り、本心よりお礼申す」


 十郎は両手をつき深々と頭を下げる。


「どうぞ、頭をお上げ下さい。杉崎様へのお礼には、まだまだ足りません。何かお役に立つことがあれば、何でもさせていただくつもりです」


 親爺はパンパンと手を叩く。控えていたのか直ぐに女中が出て来た。年の頃、もうじき三十路くらいの大年増である。


「水茶を用意してくれ。それから、甚助を花松に走らせ、特別に見繕うように使いを出してくれ」


 直ぐに、湯呑が二つ運ばれてきた。


「さ、まずはお茶をどうぞ!」


 十郎はかなり歩いたので喉が渇いていた。ぐっと飲んだ。


「うん?酒だ!親爺、酒ではないか」


「へい、水茶です。少しの間、水茶で喉を湿らせていただきます」


 女中がぬか漬けを盛り付けて来た。誠に手早い。横には大徳利も置かれた。


「さ、どうぞ」


 と、その大徳利を両手に、親爺はにっこりして酒を勧める。


「今のは、近くのめし屋のおなごでしてな、日中はばあさんの代わりに、めしの支度と掃除洗濯をして貰っています」


「このぬか漬けは、ばあさんの糠を引き継いで貰っています。いい塩梅でしょう」


 きゅうりと大根と人参。きれいに盛り付けてある。ぱりぽりと二人は良い音をさせて、水茶で食べている。


 いましばらくすると、料理屋花松から贅を尽くしたお重が届くはずである。


 夕暮れが始まったようだ。あたりにオレンジ色の夕日が立ち込めて来た。


 「おじちゃん!」


 息を切らせて小太郎が帰って来た。


「待ちくたびれたぞ、帰ろうかな?」


「おじちゃん、ごめんよ。おいらベーゴマやってたんだ。ごめんよ。帰らないでよ」


「ははは、嘘だよ。小太郎との約束だろう。今日はたっぷり遊ぼうか!」


「わーい!母上・・・。あれ?いないや」


 胸を押さえながら、綾乃が遅れて帰って来た。


「母上、遅いな。おじちゃんがね、今日はたっぷり遊んでくれるって」


 綾乃はまだ胸で呼吸をしながら、嬉しそうに、


「今日は、おいしい夕ご飯を作りますよ」


「慎之介様、ごゆっくりしていって下さいね」


 綾乃は言えたと自分を褒めた。


『ゆっくりしていって下さい』


 の一言を、帰りすがら何度も何度も練習した。言った後で、頬をほんのり赤くした。そっと手で押さえた。誰も気付かなかった。まるで乙女に戻った綾乃であった。


                               つづく

    20.せつない想い

 慎之介と小太郎はベーゴマを持って、にぎやかに笑いながら出て行った。


 夕食を作るのが、こんなに浮き浮きと楽しいものか、綾乃は嬉しくて堪らない。今日は、慎之介が来るかも知れないと思っていたから、夕食の材料は用意していた。掃除も早めに済ませた。天気が良かったので、布団も干した。幸せな気持ちでいっぱいである。


「ただいま!お腹空いたー!」


「あらあら、手と足を洗ってらっしゃい」


「はーい!私も洗って来ます」


 珍しく慎之介がおどけて見せる。


「はい、綺麗に洗って来るのですよ」


 綾乃も嬉しそうにおどけて返す。


 四畳半の座敷には、三つのお膳が用意されていた。


 さあ、二人が帰って来た。大忙しである。早速、七輪を表に出して、いわしの丸干しを焼き始めた。同時に味噌汁の仕上げ、炊き立てのご飯をお櫃に移す。全てが同時進行。続いて、いわしを返しながらぬか漬けを出す。


 お膳の上に、おかずが並んで行く。誠に手際が良い。こんなに動いているのに、綾乃は少しも疲れない。


 小太郎と慎之介が、長屋の共同井戸から帰って来た。


「母上、凄い煙だよ!あっ、お魚だ!早く食べたいな。お腹空いたよ!」


 焼き魚のいい匂いが、あたりに立ち込めている。どこの家も表戸は閉められている。長屋での焼き魚は外で焼いた。閉めなければ座敷はたちまち煙で埋まる。


「おじちゃん、上がってよ!」


 慎之介もお腹が空いた。目の前のおかずにごくりと唾をのんだ。


 野菜の煮しめに、ほうれん草の胡麻和え。みずみずしい出したばかりのぬか漬けのきゅうり、おいしそうに艶っている。そこに焼いたばかりの、いわしの丸干しが並んだ。ご飯がよそわれ、味噌汁のいい匂いと供に豆腐とねぎの味噌汁が並んだ。


「お待たせいたしました。何もございませんが、どうぞ、お召し上がり下さいませ」


「いただきます」


 慎之介の声に合わせて二人も


「いただきます」


 慎之介は一言もしゃべらず黙々と食べている。綾乃は不安になった。口に合わないのだろうか?その時、


「お代わり下さい」


 慎之介である。早い。もうお代わりである。


 おいしい。実においしい。味付けの良さは絶品だった。


「おじちゃん、おいしい?」


 小太郎も慎之介が黙って食べているから、心配していたようだ。


「小太郎は幸せだな、こんなにおいしい料理が食べられて」


「おじちゃん、だから、一緒に食べようって言ったじゃないか。これからも一緒に食べようね」


「どうぞ」


 丁度その時、綾乃がお代わりを差し出した。


「おじちゃん、答えてよ。一緒に食べようよね」


 慎之介は受け取りながら、


「綾乃さん、熨斗目はありがとうございました。おかげ様で、仕官されることになりました」


「おめでとうございます」


 綾乃は心から喜んだ、しかし、寂しさを伴った。仕官されれば、当然その藩に行かねばならない。江戸を離れることになる。気掛かりだったことの答えである。胸が締め付けられる思いがした。


「しかし、断りました。今は話せませんが、訳があるのです。ところが、藩主様からたっての願いと言うことで、江戸屋敷内で指南をすることになりました。


 そこまで聞いて、綾乃は少しほっとした。しかし、まだ、大事な話がありそうだった。


「但馬屋さんには、大変お世話になりましたが、辞めなくてはなりません」


 綾乃は慄然とした。これから会えなくなるのだと、血の気が引いて行くようだった。小太郎は雰囲気を察してか、


「おじちゃん、さっきの答えてないよ!この間、おいらと約束したじゃないか。一緒にご飯食べるって」


「慎之介様、小太郎もそう申しております。ご都合のよろしい日だけでも、是非そうしていただけませんか?」


「良いですか、私にとっては願ってもないことです。まだ、坂江藩との細かい打ち合わせが済んでおりませんので、


はっきりは言えませんが、そうさせていただきます。


 綾乃の心は行ったり来たりした。そして、最後に安心した。小太郎は食事の途中にもかかわらず、箸をもったまま両手を挙げて喜んだ。


 三人にとって大事な話が終わった。お茶を飲みながらベーゴマの話やらいろいろ楽しい話が尽きなかった。気が付くと、小太郎は慎之介の膝の上で寝てしまった。遊び疲れたのだろう。


「あら、すみません。直ぐ、小太郎の床を取ります」


 すやすやと安心しきった顔で寝ている。道理で膝が急に重くなったと思った。


 狭い四畳半である。綾乃は、急いでお膳を片付け、枕屏風を開けて布団を敷いた。慎之介は小太郎をそっと寝かせた。


「すみません、ありがとうございます」


 あ綾乃は小声でささやくように言った。


 行灯の灯りが急に艶めかしく感じた。この後の二人には会話は無かった。なぜか綾乃はどきどきした。慎之介も同じだった。


 それを打ち消すように、


「綾乃さん、私はこれで失礼致します」


 慎之介は立ち上がった。


「はい」


 綾乃は心と違う返事をした。狭い土間に二人は立った。


「お送りいたします」


「いや、送ると帰りが不用心だから、ここで結構です」


 二人はお互いに、次の言葉を待ったが何もない。慎之介は、突然綾乃を抱きしめた。綾乃はじっとしていた。慎之介は口を吸った。長く吸った。


 綾乃は気を失いそうだった。慎之介は両腕に力を込めて抱きしめた。そして、そっと緩め、口

を離すと。


 「綾乃さん、また来ます」


 慎之介は帰って行った。


 綾乃は立っていられなかった。上り口に座り込んだ。


                    つづく

        21.十郎の我慢

 暮れ六ツ、本所診療所はやっと静かになった。日々六十名前後の患者がある。1ヶ月しか経たないのに、早、手狭の感がある。患者の治療を終え、片付けをしながら源太と晋作は十郎の来るのを待っていた。


「先生、暫くでした。お元気でしたか?」


 源太が嬉しそうに言う。


「元気だ。時々遠くで見ていたよ。なかなか繁盛しているではないか」


「どこから、患者が来るのだろうかと思うくらいです。最近は深川辺りからも来ております」


「身体は大丈夫か?医者が身体を壊したら、洒落にならんぞ!」


「はい、気を付けます。晋作、先生に帳簿をお見せしろ」


 晋作の差し出す帳簿を十郎は目を通す。


「うん。二両程不足しているわけだ。しかし、これで良く納まったと思う」


「未納金が一両程ありますので、実際は一両の不足です。私たちが給金を一両ずつ減らせば問題ありません」


「馬鹿を言うな!増やすことは考えているが、減らすことは無い。暫くは軍資金があるから心配するな」


「先生、然る大店から往診の来ておりますが、お断りしております。私か晋作のどちらかが欠けても、この患者数は診ることが出来なくなります」


「うん、それでいい。これからも源太と晋作の判断に任す。まだ1ヶ月だ。上等上等。良くやった」


「先生、千代さんに毎日お弁当を届けていただいています。よろしいのでしょうか?」


「あ、それは聞いている。毎朝、張りきっているぞ。おかげで、千代は元気になった。第一、気力に満ちている。江戸に来てから一番の元気だ」


「先生!源太さんは千代さんが来ると、いきなり張りきり出します。患者さんにもわかるらしくて、良くからかわれています」


「晋作!いい加減なことを言うな。俺はいつも同じだ」


「はい、はい、わかっております」


「うっ、何がわかっているのだ!余計なことを言うな!」


「源太さん、そうむきにならないで」


「おいおい、いい加減にしないか。これから一杯やりに行こう。ついて来い」


「先生、どうせ行くなら近くのおたふくはどうでしょうか?晋作の贔屓の店です」


「そうか、じゃ、そこに行こうか」


「あの、私の贔屓の店ではありません。めしがうまいのです。それだけです」


「ほう!それだけ?先生、おたふくに可愛いおたふくがいるんですよ」


「おたふくじゃありません!お邦さんです」


「おやまあ、むきになってござる」


「ま、いいじゃないか。晋作案内してくれ」


 そこは、こじんまりしためしやである。それでも十人ぐらいの客が入っている。ほぼ満席。全員酒を飲んでいる。


 晋作を見つけたお邦は客を上手に寄せて、三人の席を作った。


「お邦さん!今日は何がお勧めかな?」


 十郎が聞くと、


「あら、お客さん初めてですよね。どうして私の名をご存じですか?」


 赤いほっぺで、にっこり笑いながら言う。


「いやなに、この晋作先生が、朝から晩まで、お邦さんお邦さんと言うもんだから、覚えてしまった。馴れ馴れしくてすまなかったな」


「いえ、覚えて下さって、ありがとうございます」


 お邦は、赤いほっぺをさらに赤くして言う。


 年の頃十七、八歳ぐらいか、素朴な顔をした面長の、可愛いまだあどけない顔をしている。


「お客さん、今日はぶり大根がお勧めですよ」


「そうか、それを三つ貰おう。後は晋作先生に聞いてみてくれ。酒は熱燗で頼む」


 源太は笑って天井を見ている。


「晋作先生、何をめしあがります?」


「なんだよ、先生はないだろう。卵焼きを貰おうか。源作さん何にします?」


「そうだな、お新香の盛り合わせだな。後は順次頼もう」


「はい、わかりました」


 と、お邦は、二人にわからないように、晋作の脇を軽くつねって調理場へ向かった。


 調理場には、五十過ぎの板前が何やら調理している。父親にしては、お邦と顔が違い過ぎる。


 その時、見るからにやくざ者とわかる二人組が、入って来た。店内を見回すと調理場へ向かった。


「お邦!来て貰おうか」


 年かさのやくざ者が、顎を上げて若い方へ合図する。


 若い方はお邦の手を掴み、連れ出そうとする。


 板前が見兼ねて、若いやくざ者の手を振り切ろうとすると、反対に蹴飛ばされた。かっと来た板前は出刃包丁を手にすると、


「離しやがれ!たたっ斬るぞ!」


 威勢は良いが、腰が据わっていない。見空かれたのか、年かさのやくざ者はにたにた笑っている。客は全員外へ飛び出した。十郎と源太と晋作は残った


 年かさのやくざは、板前の出刃包丁をいとも簡単に取り上げ、頭を思い切り殴りつけた。板前はその場に気を失った。


 お邦は、もう声も出ない。年かさのやくざを先頭に、若いやくざはお邦を引きずるように、十郎たちの前を通って行く。


 晋作は立ち上がると、その前に立ち塞がった。


 年かさのやくざは、ふらっと前後に手を振ると、


「どきな、けがをするぞ」


 どすの利いた低い声で言う。


 勇敢にも晋作は立ち向かって行った。しかし、正面から腹を蹴られて、その場にうずまくった。


 続いて源太が立ち向かおうとすると、十郎は源太を抑え、

年かさのやくざへ、


「おい、理由はなんだ」


 十郎は静かに言う。


「さんぴんの出る幕じゃねぇ!」


 若いやくざが言う。


「訳を言え」


 若いやくざを無視して、十郎の二度目の問いに、ぴーんと空気が張り詰めた。


「お邦の父親の借金だ」


 年かさのやくざは、威圧するように言う。


「いくらだ」


「二十両だ!」


「証文はあるか?」


「ここにある」


 年かさのやくざは、懐から証文を取り出す。


 十郎は懐から、切り餅(二十五両の包み)を出し、五両抜いて机の上に置く。


 それを見た年かさのやくざは、五両が欲しくなったのか、


「利息が五両だ」


 と言う。十郎は黙って年かさのやくざを見る。


 年かさのやくざは、


「眼付けやがって、この野郎!おとなしくしてりゃつけあがりやがって!さっさと出しやがれ!」


 と十郎に詰め寄った。


つづく