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          心の隙間 12.

「タッパーは差し上げたつもりでした。言葉が足りなくてごめんなさい」


「まだ新しいですよ。貰うわけにいきません。明日出かけますので、ついでですがお持ちします」


 そうね、男の人には不要ね。返って迷惑かも、


「わかりました。でしたらわざわざお持ちいただかなくても、スーパーに行ったときにお渡し下されば結構です」


「僕としてはお持ちしたいのですが…。実は昨日黙っていましたが、僕のアパートは石崎さんのすぐ近くなんです」


「えっ、どちらなんですか?」


「最後の所を曲がらないで、真っすぐ行くと右側のアパートです。石崎さんの所から300m程先になります」


「本当に近い所ですね。偶然ですね」


「そうなんですよ。明日朝10時頃伺おうと思っています。よろしいですか?」


「わかりました。ではお待ちしております」


 スマホを切ると嬉しさが込み上げて来た。嬉しい時に必ずかける曲がある。


 モーツァルトのヴァイオリンソナタK301ハスキルとグリュミオーの演奏だ。優しく楽し気に部屋中に広がった。


 さっきまでの沈んだ気持ちは無くなった。嫌われてなかったんだ。


 次の朝、朝9時の開店を待ってスーパーに行った。果物売り場で苺を中心に詰め合わせて貰った。


 まだ早いので、店頭横のフードコーナーで珈琲を飲んだ。時間が経つのが遅い。9時45分になった。店を出た。


 呼び鈴を押すと、


「はーい!」


 明るい声で彼女が出て来た。


「おはようございます。ありがとうございました。これつまらないものですが、召し上がって下さい」


 タッパーを渡すと続いて果物の詰め合わせを渡した。


「とんでもありません、頂くわけにはいきません」


「いえ、ほんのお気持ちです。ありがとうございました」


 お礼を言うと引き返し始めた。


「困ります。こんな高価なものを…」


 スーパーで贈り物と言ったせいか豪華に盛ってくれた。自転車の駕籠にやっと入ったくらいだ。


「ちょっと待って下さい。困ります」


 広瀬は後ろも振り向かず2階の階段を下りて行った。自転車に乗ると、真っすぐアパートへ帰った。


 出かけるは嘘であり、部屋に入るとごろりと横になった。スマホが鳴った。メールが来た。彼女からだ。


〝わざわざお届け下さいまして、ありがとうございました。同時に過分な贈り物を下さいまして、心苦しく思っております。お礼の言葉も言えなくて失礼いたしました。お礼まで〟


 お礼までと手紙のようなメールだった。までとはどう言う意味だろう。取り敢えずが抜けていて終わりのこと?


 この日は何もする気がしなかった。食欲もなく昼食もしなかった。日も暮れて19時を過ぎた。スマホが鳴った。


「石崎です。今日はありがとうございました。もうお帰りですか?」


「はい、帰ってます。こちらこそありがとうございました」


「サンドイッチはお好きですか?」


「はい、好きです」


「良かった。実は作り過ぎてしまいまして、良かったら食べていただけないかと思いまして…」


「いただきます。丁度お腹が空いていたところです」


「では、お持ちします。こちらからだと左へ曲がれば良いのですか?」


「とんでもない、取りに伺います」


 広瀬は嬉しくなった。心がぱっと明るくなった。近いのにすぐに行きたくて自転車に乗って走った。


                     つづく

次回は6月18日金曜日朝10時に掲載します