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    9.隠れ家

 そこは永代寺からさほど遠くなく、畑の中のあばら家であった。近くにも朽ち果てた百姓家があった。


 永代寺から十町程しか離れていないのに、境内の喧騒が嘘のように思える寂しい場所である。


 良太の肩を押さえていた一人が、前に出て引き戸を開けた。良太とおみつは後ろから押されるように中に入った。ひと跨ぎしかない土間の前は、台所を兼ねた囲炉裏のある小さな部屋になっていた。


 そこは襖と障子が破れたままでいかにも寒そう。ところが正面の破れた襖を開けると、六畳の真新しい部屋があった。まだ畳の新しい匂いがする。


 襖も壁も質素だが落ち着きのある見事な造りだった。襖の奥にもう一部屋あるようだ。


 中央に顎髭をたゆらせた六十歳近い老人。実は元締めである。その前右側に三人、左に二人が並び、箱膳を前に祝宴をしていたようである。


 おみつは突然その場に土下座をした。頭を畳に擦り付けるようにして、


「お頭、申し訳ありません。勝手なことをしてすみません。どんな罰でもお受けします。でもこの人は関係ありません。私の巻き添えになっただけです」


 良太は肩を押さえつけられその場に正座した。異様な雰囲気に言葉を無くした。


「おみつ、お務めはどうする?辞める気か?」


「いえ、辞めません。その代りこの人をお助け下さい。何でもいたします」


 おみつは良太が助かるなら、すりに戻るしかないと思った。


「おみつさん!それはだめだ!戻っちゃだめだ!」

 

 良太は必死になって言う。良太は知っていたのである。


「勝手にしゃべるんじゃねえ!」


 さっきまで肩を押さえていた男が、どすの利いた声で言う。


「罰なら私が受けます。どうにでもして下さい」


 良太は頼み込むように言う。おみつのためなら命もいらないと思った。


「おみつ、この男は何だ」


 元締めは静かに言う。


「はい、私の巻き添えで乱暴を受けました。二日ほど寝たきりになりましたので、私が介抱いたしました。それだけです」


「おみつさん!何を言う!結婚すると約束したじゃないか!」


「お前は黙ってろ!」


どすの利いた男は言う。


「いえ、お頭さま、おみつさんの罰は私が受けます。私は屑でした。おみつさんのおかげで大工になれました」


「ほう、お前は大工か?何でもすると言うが覚悟はあるのか」


「はい、何でもいたします」


「そうか、では右腕を貰おうか。大工が出来なくなるぞ」


元締めは静かに言う。


良太はさっと右腕を前に出す。


「どうぞ!焼くなり煮るなりどうにでもして下さい」


「良太さん!何を言うの!あなたには関係ありません。私の問題です」


「おみつ、この男は面白い男だな」


 良太は覚悟を決めていた。大工が出来なくても良い、おみつのためなら何でもすると思った。


「おい、用意しろ」


 元締めは静かに言った。


「やめて下さい!お頭!私が悪うございました。御恩を仇で返すとは畜生にも劣ります。どうか私の腕をお切り下さい」


「お前の腕を切ってどうする?お務めが出来なくなれば、お前はどう償うつもりだ」


「おみつさん!心配ないよ!お頭さまは、右腕とおっしゃる。左腕は残るのだから心配ないよ」


 良太の前にむしろが敷かれ、その上に古着が重ねられた。


「そこに座れ!」


 どすの利いた男が言う。良太が座ると、もう一人の男が良太の右腕を捲り上げ、腕の根元を縛った。


「お頭、用意が出来ました」


 元締めは脇差を持って立ち上がった。おみつは良太に被さるように両手で抱きついた。二人の男がおみつを剥がすように離し、押さえつけた。おみつは気違いのようにもがいた。


「おみつさん、心配ないよすぐ終わる」


 良太は平然として言う。覚悟を決めた男の顔だ。


「いい度胸だ!大工にはもったいないようだ」


 元締めは脇差の鞘を払った。


「右腕を上げろ!」


 上げた瞬間、


「てっ!」


 小さな気合いと共に、ひゅっと風切りの音がした。


 脇差は右腕の一寸上で止められていた。元締めは元の位置に座ると、


「良太と言ったな、腕はくれてやる。おみつを頼むぞ」


「おみつは六つの時からわしが育てた。わしの子供だ。実を言うと、この家業から足を洗わせたかった。それはここにいるみんなも同調してくれた。みんなも自分の子のように思ってくれている」


「深川の長屋も居酒屋門仲も全て承知だ。みんなはおみつのことを考え、近寄らないようにしていた。ところが今日、男と境内を歩いていると言う。心配になり、わけを聞くつもりが、大ごとになってしまった」


 おみつは、その場に両手で顔を伏せて大声で泣いた。良太はすぐさま駆け寄り、おみつを抱きしめやさしく背中をさすった。


「お頭!見てられませんわ。どうにかして下さい」


「おみつ!ちょっとここに来い!」


 元締めの声に、おみつは飛び跳ねるように前に座る。


「これは、嫁入り道具だ。突然で何も出来ないが納めてくれ」


 切り餅が四つある。百両の金子だ。おみつはとんでもありませんと元締めに差し戻す。


「良太!ここに来い」


 良太は緊張して元締めの前に正座する。


「これは、おみつに渡したものだ。預かってくれ」


「お頭さま、それはいけません!さっき、私くしにおみつさんを頼むと言われたはずです。私くしは大工になりたてですが、一生懸命働いておみつさんを幸せにします」


 良太はどこで覚えたのか、緊張して私くしはと言いなれない言葉を使うから、口ごもりながら言った。良太も百両と言う大金に執着はなかった。


「うーん!良く言った。さすがおみつが選ぶだけある」


 元締めは目を細めて嬉しそうに言う。


「何か困ったことがあったら、いつでも相談に来い」


そう言いながら奥の部屋に入って、何やら持って来た。


「おみつ、これは当時、お前の胸元に入れてあったお守りだ、持って行くが良い」


「実は、今から十六年前、両国橋近くの茶店で、わしは休んでいた。そこに品の良い商家の若妻のような人から、ちょっと用を足しに行って来ます。その間、この子を見ていただけませんかと言われた。あまりにも綺麗な人だから二つ返事で預かった」


「その人は、そのままいくら待てども帰って来なかった。茶店に聞いたが初めてのお客様だと言う。仕方なく連れ帰ったのが、おみつお前だ」


 「手掛かりはないかとお守りを開けて見た。お札と一緒に、男女の名前を書いた小さな紙が入っていた。多分関わりのある人だと思う。何かに役立つかも知れない。大事に持っていなさい」


 良太とおみつは来る時とは違って、寒空だがぽかぽかと心温かく、笑顔で寄り添うように長屋へ帰って行った。


                               つづく

次回は2月21日火曜日です。