Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

      8.おみつの心配

   「良太さん、起きて!」


 新年である。正月の用意が出来ていた。箱膳にはお重に入ったおせちが並び、後は餅を焼くだけになっていた。


 おせちは、昨日良太が寝ている間に、居酒屋門仲で貰って来た。作り方を教わるつもりで行ったのだが、簡単に出来ないからと持たせてくれた。重箱に詰められたおせちは、おみつは初めてだった。


 良太は自分の体が布団に溶けてしまったようだった。おみつに起こされた理由がわからない。ぼーっと頭が重い。体はけだるく心地よい疲れが残っていた。起きたくない。


「眠たいよ!」


 寝ぼけ声で言い、布団を頭からかぶった。


「良太さん。新年よ。起きて下さいな」


 おみつは被った布団をそっと捲くりながら、優しく言う。


 部屋中明るくなっていた。それもそのはず、朝五つ半(午前九時)である。


「お正月よ、起きて。お願い」


 おみつは良太の顔に頬ずりしながら、甘えるように言う。良太はその口に口づけをした。覚えたばかりの口づけだったが、おみつは身体が甘くなった。そのまま二人は一つになった。


「おめでとうございます。これからもよろしくお願いします」


 おみつは両手をついて改めて挨拶をした。


「おめでとう!こちらこそよろしく」


 清々しい正月だった。

 

 二人は盃を交わし、互いに見つめ合った。おみつは途端に頬が赤くなった。良太に見つめられ、さっきまでの自分を思い出した。


「おみつさん!重箱に入ったおせちは初めてだよ。おいしそう!どこから食べていいかわからないよ」


「好きなものから食べて。いっぱい食べてね」


「おいしいな!でもこんなにきれいに並べてあると、食べるのがもったいないようだ」


 良太に言われておみつは気恥ずかしかった。おせちは貰って来たものだったからである。餅が焼けたようだ。


 おみつは立ち上がると雑煮を運んで来た。これは正真正銘、だし汁からおみつの手作りである。


「熱いから気をつけて食べてね!」


 良太にもおみつにも、生まれて初めての幸せな素晴らしい正月だった。


 食事が終ると二人は永大寺に初詣に行った。おみつの心配が当たった。


 永大寺は初詣の人々で溢れていた。二人は並んでそれぞれに祈念し、境内を歩いていると、前から来た男に、


「おみつ!久しぶりだな、ちょっと顔を貸してくれ!」


 おみつは良太の後ろへ下がろうとすると、男はおみつの手を捕まえた。


「やめろ!」


 良太は男の手を撥ねのけた。その瞬間、男は良太の頬っぺたを平手打ちにした。周りの人々はさっと後ろへ引いた。


 男は続けざまに足で蹴り上げた。良太はその足を両手で捕まえると思いっきり上にあげた。男はどさっと地面に仰向けにひっくり返った。男は機敏に立ち上がり、


「この野郎!」


 と顔を釣り上げて殴りつけてきた。


 良太は殴られたとき、どうすれば良いか体で知った。しかも以前の良太ではない。大工として鍛えられた肉体を持ち、大工として研ぎ済まれた反射神経を持つ。相手の動きが手に取るように読める。殴りつけてきた手を発止と掴み、そのまま捻りあげた。


「いててて、て!」


 男は悲鳴を上げた。良太は手を放した。男は余程痛かったのだろう。手を押さえると、


「覚えてろ!」


 捨て台詞を吐いて一目散に逃げた。


「おみつさん!大丈夫か?」


「はい」


 俯いて小さな声で返事をした。


「知ってる男か?」


 なぜかおみつは黙っている。


「おみつさん、心配事があるなら言ってごらん」


 おみつは意を決したように、


「ごめんなさい。あたし言えなかったことがあるの。家に帰ったら何もかも話します」


「良いんだよ、言いたくないことは言わなくて良いんだよ。でも何かあったらおいらが守ってあげるから心配しなくて良いよ」


 おみつは突然良太にしがみついて泣き始めた。


「どうしたんだよ!さ、帰ろう」


 その時ぱらぱらと男が三人、二人の前に立塞がった。


 三人の男は機敏だった。良太の動く前に良太の左右から、肩と手を押さえつけた。


 おみつはもう一人の男に両肩を掴まれた。全ては一瞬の出来事である。


 参拝者には知り合い同士に見えたであろう。


「黙ってついて来な!」


 どすの利いた低い声だった。

      

                        つづく

次回は2月14日火曜日です。