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    6.道具箱

  朝飯を食べ終わり、二人は顔を見合わせながらゆっくりお茶を飲んでいた。


 おみつは幸せだった。良太が目の前にいる。片手で湯呑を持ち、時々おみつをじっと見つめる。見つめられたおみつはぽーっと赤くなった。何もしてくれなかったけど、一晩抱き合って寝た。思い出すと嬉しい。


 しかし、良太は時々ため息をつく。そして、なぜか落ち着かない。


「どうかしたの?さっきからため息ばかりついているけど」


「何でもない!」


「ね、話して。あたし何だか心配になって来ちゃった。あたしと一緒に寝たから?」


「そんなんじゃない!」


 おみつは、下を向いた。あたしたち何でもなかったのよと恨み事を言いかけて止めた。


 良太は道具が気になっていたのである。毎朝の手入れは習慣になっていた。昨日の朝はいつも通り手入れをした。


 今朝は手入れが出来ない。取りに戻ろうと思ったが、一年ぶりの帰宅になる。親方に父っつあんのこと聞かれるだろうと思うと、どうしたらいいか迷っていた。


「ね、どうしたの?何か心配事?ひょっとしてお金?だったら少しだけどあるわよ」


「そんなんじゃない!道具だ。手入れがしたい」


「なによ!そんなこと、取ってくればいいじゃないの」


 おみつに言われて気が付いた。簡単なことだ。取りに行ってくればいいじゃないか。くだくだ考えた自分が馬鹿らしかった。


「おみつさん。ひとっ走り取ってくらあ」


 良太は急に明るい顔になって立ち上がった。


「帰って来てね。良太さんお願いよ」


 おみつは必死な顔になった。取ってくれば良いと言った自分に後悔した。


 良太は急ぐように出て行った。裏から持ち出せば親方には見つからない。どうしてそれに気づかなかったのだろうと思った。


 しかし、歩きながら考えた。こっそりはいけない。親方にわけを言って持ってこよう。父っつあんのことはどうにでも言えると思い直した。


 本所の棟梁の家に着いた。おかみさんが玄関を掃除していた。


大晦日だ、どこの家も大掃除だ。


「良太!どうしたんだい?」


 おかみさんが心配そうに言う。


「道具の手入れをしたいので取りに来ました」


「あら、偉いわね。親方は中にいるよ。せっかく来たのだから、上がってお茶でも飲んで行きなさい」


「親方!良太が来ましたよ」


良太が訪なう前に親方が出てきた。


「良太、どうした?」


「へい、道具の手入れをしようと思いまして」


「そうか、それは良いことに気が付いたな。昨日からばあさんとお前のこと話していたんだ。さすがに父っつあんの子だ。僅か四年で一人前になりやがったと・・・」


「しかし、おめえ昨日家に帰っていねえな。さっき父っつあんが挨拶に来たよ」


「ま、若けえから仕方ねえが、命の洗濯はほどにしなよ。それはそれとして。良太、父っつあん喜んでたぞ」


「あの頑固者の父っつあんが、涙を必死に堪えていたぞ。親を心配させるんじゃねえぞ」


 普段から無口で知られている親方が、一気にしゃべり続けている。

 

 部屋に入ると兄弟子が帰る支度をしていた。昨日どうして帰らなかったのだろう。丁度いい。兄弟子に聞いてみた。


「兄(あに)さん、命の洗濯って何するんだ?」


「馬鹿!そんなこと知るか!」


「兄さん、おいらわかんないんだ。教えてくれないか?」


「おめえ、本当に知らねえのか?」


「へえ、教えて下さい」


「・・・・・女を抱くことだよ」


「抱くって、抱き上げるんですか?」


「馬鹿!乳吸ったり色々あるんだよ。他で聞け!」


 兄弟子は馬鹿々々しくなって、外に出て行った。


 良太には何となくわかった気がした。乳吸ったと聞いて身体が熱くなった。


 深川のおみつの家に着くと、おみつは大掃除の最中だった。直ぐ手を止めて良太のそばに来た。


「良かった。帰ってきてくれて。嫌われたのかと思った」


 余程嬉しかったのか、おみつは嬉しそうに抱きついて来た。


 良太は、おみつの汗に混じった甘酸っぱい女の匂いにドキッとした。乳を吸うという言葉が頭を刺激していた。


 良太は自然でいられなかった。昨日までの自分と何かが変わっていた。


「良太さん、あたしこれからおいしい御馳走作るからね。だから、永大寺の縁店は一人で見に行って来て」


 おみつは言いながら良太の腕から離れた。良太には柔らかいおみつの身体の感触が心地良く残った。


 おみつには縁店に行かない理由が出来てほっと安心していた。


 良太はおみつの用意したお茶を飲みながら、


「おみつさん、おいらも行かないよ。道具の手入れが先だ」


良太は大事そうに道具箱を抱えて井戸端へ行った。


 今日は大晦日である。世の中の全てが締めくくる日である。


                                 つづく

次回は1月31日火曜日です。