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        3.良太とおみつの改心

「おみつさん、どこかでかけるのか?」


「嫌ですよ、こんな時間からどこへ出かけるんですよ」


 良太は、おみつのあまりの変わりように驚いた。裏長屋に育った良太には、女の美しさを初めて知った。


「お腹空いたでしょう。待ってたのよ」


「うん!腹空いた!」


 良太は、朝からお粥しか食べていなかった。


 熱々の大根の味噌汁、里芋と大根の煮物、ほうれん草の胡麻和えに昆布の佃煮とたくあん。お櫃のご飯は頃合いを考えて炊いてあったのだろう。温かった。


 良太はご飯のお代わりを三杯もした。味噌汁もお代わりした。


「ごちそうさま、うまかった」


「あり合わせで作ったものだから、お口に合ったかしら?」


「おみつさん、料理上手いね。うまかった」


「ありがとう!あたし嬉しい」


 顔いっぱいに笑顔で答える。そう言う顔のおみつにはあどけなさが残る。とは言え、今年二十二歳の年増である。


 おみつは、いつも自分のためだけ作って食べていた。自分以外に食べて貰ったのは初めてである。今日は料理を作る喜びを知った。まして、うまいと言われたのである。


「はい、お茶をどうぞ」


「ありがとう」


 良太は出されたお茶を飲みながら、明るく言った。


「おみつさん、泊まるところが決まった。もう、迷惑かけなくて済む」


「えっ、どう言うこと?あたし迷惑なんて思ってないわよ」


「さっき、親方のところにお詫びに行ったんだ。黙って二日も休んだだろう。当然怒られると思ってたんだが、怒りもせず、今日から住み込めと言ってくれた」


 良太は、おみつが安心して喜ぶと思った。


「今日は泊めてって言ったじゃない!どうしてなの?」


「これ以上迷惑はかけられないと思って」


「だから言ったでしょう。迷惑なんてあたし言ってないわよ」


 良太は思い違いをしていた。心の内は一緒に居たかった。会って三日しかならないのに、おみつのことを思うと心が熱くなった。しかし、今さら親方に明日にしますとは言えない。


「おみつさん、ありがとう。おいらおかげで改心したんだ。おみつさんは女なのに、一人で立派に生活している」


「おいらは親元から仕事に通いながら、不満ばかり言っていた。仕事も4回変わった。今の大工の仕事も馬鹿にしていたんだ」


 おみつは悲しそうな顔をした。


 この人あたしのこと、何の仕事をしてると思っているのかしら。あたしがすりと知ったら、どんなに軽蔑するかも知れない。


「おみつさん!おいら立派な大工になる。なったら会いに来る。来ても良い?」


 良太は二十一歳だ。十三の時、豆腐屋へ奉公に入ったが、朝が早く、辛くて一年で帰って来てしまった。


 その後、畳屋、建具屋と奉公したがどれも勤まらず帰って来た。もう行くところが無く、毛嫌いしていた大工の見習いに入ったのが三年前である。


「良太さん、良いけど、立派な大工さんになるまで来ない気?」


「そうだ。今度は頑張るんだ。おみつさんに会えると思うと頑張れる気がする。おいら、これまで四回仕事を変わったがどれもだめだった」


「そうだったの。寂しいけど、そう言うことなら仕方ないわね。頑張ってね。あたし待ってるから」


 おみつが急に聞き分けが良くなったのには、わけがあった。ふと自分のことを考えたとき、自分もすりを辞めようと思った。働こうと思えばきっと何か見つかるはずだ。良太さんに負けないように頑張ろうと思った。

 

 それから1年経った。師走も半ばである。永代寺門前仲町にある、小さな居酒屋門仲におみつがいた。


「おみっちゃん!熱燗一本頼む!」


「そのくらいにしたら、うちの酒無くなっちゃうよ!」


「そうか、それは大変だな。わかった!じゃ最後の一本」


「それは、明日ね!待ってるからね」


「このおでん、大根が昨日より小さいぞ!」


「昨日は運が良かったの!明日は大きいかもよ」


 小気味の良いおみつのやりとりは、客に評判が良く、いつも盛況であった。口の悪い酔客は、おみっちゃんを誰が射止めるかと酒の肴にする者もいた。


 しかし、1年になるが誰も射止められなかった。居酒屋門仲は老夫婦が細々と営んでいた店だが、おみつが務めるようになってから木場の若い衆が集まるようになり、いつの間にかほぼ毎日満席である。


 おみつには華があった。いるだけで店内が華やいだ。老夫婦の用で、おみつが店を留守にした時、それが良くわかった。


 おみつが帰って来たとたん、静かにざわめいていた店内が、息を吹き返したようにぱーっと明るく賑やかになった。


 良太は、人が変わったように働いた。言われた仕事はたちまち片付けた。これまで、言われたことしか出来なかった男が、次の仕事を考えて自ら動いた。すると、今まで見えなかったことが見えるようになった。仕事が面白くなった。自然に人の倍働いた。兄弟子たちの見る目が違って来た。


 元来が、父親譲りの大工の素質を持ち合わせている。たちまち、屑拾いから一人前の大工として扱われるようになった。弟子入りから僅か四年である。異例のことであった。


 師走の二十九日、この年最後の仕事を終えてから棟梁の喜兵衛から呼ばれた。


「良太、この一年よく頑張ったな。さすが、父っつあんの子だ!てえしたもんだ。だがこれからが大事だ。気を抜くことなく来年も頑張ってくれ。これは給金。こいつはおれの気持ちだ。褒美だ。とってくれ」


 良太は嬉しかった。涙をぐっと堪えた。頑張ったのは父親への意地もあったが、おみつに会いたい一心であった。


 立派な大工になったとはまだ言えないが、明日はおみつに会いに行くつもりだ。


 朝になるのが待ち遠しかった。朝飯を食べると深川へ向かった。朝五つ(8時)を少し過ぎた。


空は冬晴れで青く澄んでいた。しかし、北風はひゅうひゅうと高鳴っていた。良太の胸はさらに高鳴っていた。


 良太は歩きながら自分の足がもどかしかった。時々もつれるように前のめりになった。気が急いていた。


 やっとおみつの長屋に着いた。入口に立った。胸は張り裂けんばかりである。引き戸を軽く叩いた。


「はい、どなたですか?」


懐かしいおみつの声がした。


                      つづく

次回は1月9日月曜日です