Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

    2.江戸美人

 良太は嬉しくて泣いた。泣きながらふつふつと喜びが沸いて来た。父が生きていた。生きる喜びが沸いて来た。


「おみつさん、お世話になりました。改めてお礼に来ます」


 良太は両手をついて礼を言う。


「家に帰るの?でもその身体じゃ、まだ無理よ」


「家を出て来んだ。帰るうちは無いよ」


「じゃ、どうするのよ。事情はわからないけど、行き先が決まるまで居て良いわよ」


 おみつはこの二日間、眠り続ける良太を看病しながら、情がわいた。自分が咄嗟に財布を懐に入れなければ、この人は何でもなかったはずだ。


「すまねえ!じゃ、後一日だけ置いてもらえないだろうか?」


「だから、良いと言っているでしょう」


 長屋の皆には兄が帰って来たと言ってある。何の問題も無かった。


「ありがたい。それでは後一日だけ居させてくれ」


 良太は拍子抜けした。あまりに簡単に承知してくれた。


「顔を出したいところがある。その前に湯屋に行きたいのだが・・・」


 良太は遠慮がてらに聞く。


「大丈夫?湯屋は近いけど・・・」


 良太はふと気づくと、女物の長襦袢を着ていた。


「あら、それあたしの。男物が無いのであたしのを着て貰ったの。あなたのはそこに洗ってあるわよ」


 湯へ入り、髪と身体を洗うと力が蘇るようだった。長屋へ戻るとおみつが驚いた。


 きりっとした目鼻立ち。無造作ではあるが結い直した髪、その凛々しい姿は役者絵を抜け出して来たようだった。


 おみつは一瞬口が利けなかった。棒立ち。直ぐに気を取り直し。


「お帰りなさい!お茶入れるわね」


 おみつはお茶を入れながら少し照れていた。


「どうぞ!」


「ありがとう。おみつさん、これから本所まで行って来る。一刻ほどで帰っ来る」


「親方すみません!」


「すみませんじゃねえ!二日も黙って休みやがって!首だと言いたいところだが、さっきお父っつあんが来た」


 大工の棟梁喜兵衛は、ここでキセルを火鉢の五徳へポンと叩く。


「深いわけがあるそうじゃねえか、今回はお父っつあんに免じて許してやらあ!二度とするんじゃねえぞ!明日から出て来い!」


「ありがとうございます」


 と言ったまま、良太はもじもじと何か言いたそうだが言わない。喜兵衛は堪りかねて、


「どうした!なんか言いたいことがあるのか?」


「へえ、親方。住み込みにしていただけませんか?」


「どう言う風の吹き回しだ。父っつあんから預かるとき、おめえが通いにしてくれと言ったんじゃねえか?」


「へえ。すみません」


「それは俺も賛成だ。大工(でえく)は前の日の用意が大事なんだ。おめえがいつまでも下働きなのは、それも理由の一つだ!良い心がけだ。今日から住み込め」


「はい!ありがとうございます。では、用意して参ります」


「お父っつあんによろしくな」


 良太は嬉しかった。親方は怒るどころか今日から来いと言う。しかも、わけも聞かない。


 これまで良太は、大工の仕事が気に入らなかった。他にしたい仕事があったわけではないが、飲んだくれの父を見ていると、つまらない仕事だと思った。その父に連れて行かれたのがこの親方だった。昔は父の弟弟子だったそうだ。


「おめえのお父っつあんの右に出る大工は、江戸じゃ何人もいねえ」


 親方に何度言われたことか。父を殺めたと思ったことが、改めて父を思い直した。飲んだくれの父と大工の父は違ったのだ。


 深川への道すがら、頭に色んなことが思い浮かんだ。一度消えた人生を再び貰ったのだ。これまで見えなかったことが色々見えて来た。良太は大工で父を超える決意をした。


「ただいま!」


「お帰りなさい!」


 どう言うわけか、おみつは綺麗に化粧をしていた。澄んだ切れ長の目に鼻筋通り、小さく赤く愛らしい受け口はぞっとするほどの美しさであった。良太はあっと思った。  


                               つづく  

次回は1月2日午後9時頃になります。