うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
29.天国と地獄
いよいよ一日になった。前夜、番頭と手代二人加えた四人で反物と帯などの付属品を運び入れた。陳列が終わったのは、四つ半(23時)を過ぎていた。
新店は間口一間の入口。続く八畳分を土間に、その続きは六畳の板敷となっていた。
八畳の土間は左右の壁下に半間幅の板敷が作られた。その上に洗い張りした反物が一反づつ並べられていた。
どれも二尺づつ巻きほどき広げてあった。それは左右に十反づつ並べられ、続く六畳の板敷手前には左右に五反づつ合計三十反が並べられていた。
明け六つ半(七時)手代が看板を手に表に出ると、驚いた。七、八人の人が店前に立っている。手代はびっくりして、
「おはようございます」
店前の人々も口々に、
「おはよう!何の店だ?」
手代は頭を下げながら看板を掛けた。そこには、
【 洗い張り呉服 】と書いてあった。
「何だ!洗い張りやか」
「いや、呉服とあるからには着物を売るんだろう?」
「しかし、洗い張り呉服とはどんな着物だ?」
「おい!見せろよ!」
「はい!五つ(八時)に開店いたしますのそれまでお待ち下さい」
「見るだけだから、ちょっと見せろ!」
「お前、馬鹿だな、それじゃ商売にならないだろう」
みんなの話声を聞きつけて、人々が寄って来た。いつの間にか二十人近くの人になった。
「何の店だ?」 「もう、開いてるのか?」
手代は身体のあっちこちを引っ張られて困ってしまった。それでも無理無理に店内に戻ろうとすると、おみつが出て来た。
「おはようございます。店主のおみつと申します。今朝は早くからお越し下さいましてありがとうございます。まだ開店には早うございますが、せっかくのお越しでございます。どうぞお入り下さいませ」
声を聞いて顔を見て驚いた。美人画から抜け出でたような美人である。
男たちは見つめている内に、自分一人に挨拶された気になり静かに頭を下げ頷いた。女たちはその美しさにため息をついた。
客はぞろぞろとおみつの後から店に入って行った。手代は最後に入って行った。
客は店に入るなり、両側に目も覚めるような花柄の反物から、上品さこの上ないような淡い若草色の反物やらずらりと並んでいるのを見て目を輝かせた。。
こんな素敵なそして華やかな反物があったのだと、特に女性客は驚いた。日頃は紺か群青色の暗めの無地がほとんどだった。しかし、一番驚いたのは値段だった。
今までよそ行きとして買っていた反物に、少し金額を足せば買える額である。気に入った反物の前に立ち、女は自分自身が着た姿を想い描き、男の着せてみたい相手を想い描いた。
客はその反面値段に疑問を思った。客がなぜですかとおみつに聞くと、さらりとそのままを言った。
「洗い張りした反物です。当然の値段です」
客は改めて手に取ってみたが、やはり新品と変わらない。それもそのはず、ほとんど着用していない着物の洗い張りした反物だったからである。
但馬屋の客は、最低年に2回は購入する。着る期間が少ないので、痛みようが無かった。違うのは八つに裁断されていることであった。
いつの間にか客数がさらに増えている。男の客の方が多い。
異例のことである。男の客が呉服店に一人で入る事など当時も極めて少なかった。今も昔も同じである。
おみつの戦略は当たった。いわくつきの住居使用は偶然であるが、業種と店名を名乗らぬことによりさらに憶測を生んだ。その口コミ宣伝効果は大きかった。
口コミしかない時代の宣伝は難しかった。この頃はチラシすらない。又、口コミと言っても歩ける範囲が主で、広範囲に及ぶことは少なかった。
見物客は閉店の暮れ六つまで絶えることは無かった。訪れた客の話がその日のうちに広がり来店した。おみつの顔姿を見に来る男客も多かった。客の入りだけで言うと大繁盛である。
おみつは不思議な女だった。一日中客の間に立ち、にこやかに接していた。狭い店だから人の影になるはずだが、どこに居ても目立った。そしてそこはなぜか明るかった。
「ご苦労様、今日は朝から大変でしたね。ありがとう。お蕎麦でも食べてお帰り」
半紙に小銭を包んで手代に渡した。
「とんでもありません。私が至らなかったばかりに、今日は一反も売れませんでした。申し訳ありません。これはいただくわけには参りません」
「商売は始まったばかりですよ。これからです。明日もよろしくお願いしますね」
おみつのにこやかな言葉に、手代は申し訳なさそうに沈痛な面持ちをしていた。
手代を送り出した後、おみつはぽつーんと板の間に座った。やるだけのことはやったと言えるだろうか?さすがにおみつは落胆していた。
せめて一反でも売れると考えようもあった。店舗と仕入れに大変な金額が出ている。いくら考えても対応策は浮かばない。
明日の客は、当然今日より少なくなるだろう。今日以上に売れる可能性は無くなるのだ。まして、今日は売り上げ無し。
おみつの胸は張り裂けそうだった。考えが甘かったのか、何か気付かぬ考え落としが無いだろうか。いくら考えても思いつかない。誰にも相談は出来ない。まして、父喜兵衛には。
つづく
最終回第30回は7月11日火曜日です。
- トップ・ページ]
- 新作時代小説 片腕一刀流
- 新作人待ちおでん屋台
- 新3分連載 覚悟の失業
- 時代小説 護り屋異聞記
- 3分連載小説 心の隙間
- 3分連載小説 誤解
- 時代小説 ちんこきり
- 3分連載 マスク美人
- 3分連載 独身主義
- 時代小説 おつる
- 3分連載 不妊の幸せ
- 3分連載 素敵な人
- 3分連載 愛すればこそ 5回
- 連続3分小説 百円玉と雨 15回
- 時代小説 やぶ医者俊介
- 3分小説 1.忘れ物2,思わぬ言葉3.やさしい嘘
- 4.おいて行かないで 5 春一番 6.道案内
- 7.書きかけ手紙8出さなかった手紙9泣き笑い
- 10動いたバス停11寝たふり12意地悪な女
- 13見知ぬ方々失礼致14きつねそば15水たまり
- 16人の心17エレベーターの掟18浅はか思込
- 19思い違い20別れは紙一重21予期せぬ出来事
- 22通り雨 23やきとりの串 24主婦の溜り場
- 25聞いて良かった26鈍感な男27今為すべき事
- 28ちびた鉛筆 29駄目なのは私30春が来た
- 31言わなければ32意地の張り合い33泣くな
- 34内緒 35生きる 36諦めない 37優先席
- 38傘の忘れ物 39節操 40悔い 41黒電話
- 時代小説 がまの油売り 1〜24
- がまの油売り 25〜45終
- 時代小説 どんぶりめし
- 時代小説 人に華あり
- 時代小説 ひきょうもの
- 連続3分 あなたは恋を知らない 15回
- 連続 3分小説 偽浮浪者 15回
- 連続3分小説 食欲の飽き 15回
- 連続3分小説 人込み 15回
- 連続3分小説 すれ違い 10回
- 連載3分小説 女の幸せ 10回
- 連続3分小説 恋の終わり 10回
- 連続3分小説 女の誤算 10回
- 連続3分小説 心の花 10回
- 連続3分小説 騙し続けて欲しかった5回
- 連続3分小説 淡き想い 5回
- 連続3分小説 どこかで見た人5回
- 連続3分小説 風邪の引き合わせ 5回
- 連続3分小説 男の面目 4回
- 朝陽におむすび 40.41.42
- 朝陽におむすび 43.44.45
- プロフィール
- ブログ
- ♪お問合せ
- 護り屋異聞記 8.
- 7,夜祭り
- 8,夫婦(めおと)
- 9,商家の護り
- 10、宮本武蔵
- 11、意外な入門
- 12.胸のときめき
- 13、雨降り
- 14、片腕一刀流の真髄
- 15、酒茶漬け
- 16、水滴切り
- 覚悟の失業 1.
- 覚悟の失業 8.
- 覚悟の失業 9.
- 覚悟の失業 10.
- 覚悟の失業 11
- 覚悟の失業 12.
- 覚悟の失業 13
- 覚悟の失業 14
- 覚悟の失業 15.
- 覚悟の失業 16
- 覚悟の失業 17.
- 覚悟の失業 18
- 覚悟の失業 19.
- 覚悟の失業 20
- 17.料亭つたや
- 18.待ち人来たる
- 19.心の花
- 20.入門者
- 21.片山の改心
- 22.お菊の想い
- 人待ちおでん屋台 1.
- 人待ちおでん屋台 2.
- 人待ちおでん屋台 3
- 人待ちおでん屋台 4.
- 人待ちおでん屋台 5.
- 人待ちおでん屋台 6.
- 人待ちおでん屋台7.
- 人待ちおでん屋台 8.
- 人待ちおでん屋台 9.
- 人待ちおでん屋台 10.
- 23.成り行き
- 24、御前試合
- 25、立木打ち
- 11、人待ちおでん屋台
- 12、人待ちおでん屋台
- トップ・ページ]
- 新作時代小説 片腕一刀流
- 新作人待ちおでん屋台
- 新3分連載 覚悟の失業
- 時代小説 護り屋異聞記
- 3分連載小説 心の隙間
- 3分連載小説 誤解
- 時代小説 ちんこきり
- 3分連載 マスク美人
- 3分連載 独身主義
- 時代小説 おつる
- 3分連載 不妊の幸せ
- 3分連載 素敵な人
- 3分連載 愛すればこそ 5回
- 連続3分小説 百円玉と雨 15回
- 時代小説 やぶ医者俊介
- 3分小説 1.忘れ物2,思わぬ言葉3.やさしい嘘
- 4.おいて行かないで 5 春一番 6.道案内
- 7.書きかけ手紙8出さなかった手紙9泣き笑い
- 10動いたバス停11寝たふり12意地悪な女
- 13見知ぬ方々失礼致14きつねそば15水たまり
- 16人の心17エレベーターの掟18浅はか思込
- 19思い違い20別れは紙一重21予期せぬ出来事
- 22通り雨 23やきとりの串 24主婦の溜り場
- 25聞いて良かった26鈍感な男27今為すべき事
- 28ちびた鉛筆 29駄目なのは私30春が来た
- 31言わなければ32意地の張り合い33泣くな
- 34内緒 35生きる 36諦めない 37優先席
- 38傘の忘れ物 39節操 40悔い 41黒電話
- 時代小説 がまの油売り 1〜24
- がまの油売り 25〜45終
- 時代小説 どんぶりめし
- 時代小説 人に華あり
- 時代小説 ひきょうもの
- 連続3分 あなたは恋を知らない 15回
- 連続 3分小説 偽浮浪者 15回
- 連続3分小説 食欲の飽き 15回
- 連続3分小説 人込み 15回
- 連続3分小説 すれ違い 10回
- 連載3分小説 女の幸せ 10回
- 連続3分小説 恋の終わり 10回
- 連続3分小説 女の誤算 10回
- 連続3分小説 心の花 10回
- 連続3分小説 騙し続けて欲しかった5回
- 連続3分小説 淡き想い 5回
- 連続3分小説 どこかで見た人5回
- 連続3分小説 風邪の引き合わせ 5回
- 連続3分小説 男の面目 4回
- 朝陽におむすび 40.41.42
- 朝陽におむすび 43.44.45
- プロフィール
- ブログ
- ♪お問合せ
- 護り屋異聞記 8.
- 7,夜祭り
- 8,夫婦(めおと)
- 9,商家の護り
- 10、宮本武蔵
- 11、意外な入門
- 12.胸のときめき
- 13、雨降り
- 14、片腕一刀流の真髄
- 15、酒茶漬け
- 16、水滴切り
- 覚悟の失業 1.
- 覚悟の失業 8.
- 覚悟の失業 9.
- 覚悟の失業 10.
- 覚悟の失業 11
- 覚悟の失業 12.
- 覚悟の失業 13
- 覚悟の失業 14
- 覚悟の失業 15.
- 覚悟の失業 16
- 覚悟の失業 17.
- 覚悟の失業 18
- 覚悟の失業 19.
- 覚悟の失業 20
- 17.料亭つたや
- 18.待ち人来たる
- 19.心の花
- 20.入門者
- 21.片山の改心
- 22.お菊の想い
- 人待ちおでん屋台 1.
- 人待ちおでん屋台 2.
- 人待ちおでん屋台 3
- 人待ちおでん屋台 4.
- 人待ちおでん屋台 5.
- 人待ちおでん屋台 6.
- 人待ちおでん屋台7.
- 人待ちおでん屋台 8.
- 人待ちおでん屋台 9.
- 人待ちおでん屋台 10.
- 23.成り行き
- 24、御前試合
- 25、立木打ち
- 11、人待ちおでん屋台
- 12、人待ちおでん屋台