Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

      25.三年の歳月

  離れは但馬屋の蔵の並びに建てられていた。喜兵衛は書斎のつもりで造ったと言うが生活機能がすべて揃い、庭こそないが小ぶりの住居となっていた。


 玄関を入ると、板敷き横長の食堂を兼ねた台所。その左側は家奥迄続く廊下に連なり、六畳と四畳半の通り廊下になっていた。


 太一郎の成長は早かった。この夏には三歳の誕生日を迎える。喜兵衛と佳代の可愛がり様は溺愛に近かった。欲しいと言えば何でも買い与え、何をするにも太一郎の言うまま気儘であった。


 おみつは困って、しつけをお願いするが二人には馬耳東風であった。月に一度は良太の両親を訪れるが、ここも同じであった。父親はその日の仕事を休み、太一郎の来るのを待っていた。


 おみつは幸せであった。一年中春の陽射しのようにぽかぽかと心温かった。それは良太の力強い幸せの土台があったからである。


 その良太は緻密な墨付けが棟梁の信頼を得、家屋図面や茶室図面を棟梁より譲られた。わずか八年しかならないのに異例のことであった。


 おみつは佳代の手伝いをするうちに、帳付けの工夫を思いついた。


 佳代は番頭の付ける日別の帳簿を、その日の売り上げ順と得意先別の帳簿を、別に作るように喜兵衛に指示されていた。


 工夫はおみつが考えたというより、三右衛門に教わった算術によるものであった。はしごの大小の図を売り上げに変えて表した。今で言うグラフである。


 喜兵衛は驚き喜んだ。一目瞭然に売り上げの推移がわかるだけでなく、商機の工夫に思い至ったからである。以来喜兵衛はおみつに商いの話をするようになった。


 おみつとの会話に、商いとして意外なひらめきを感じることが時々あった。


 例えば売り手が選ぶ良い品物とは、必ずしも買い手が良いと思うとは限らないと言うことであった。


 これまでは良いと思わないのは買い手の未熟さだと思い込んでいた。


 佳代は太一郎と遊びながら、二人の話を微笑みながら聞いていた。我が子の成長が嬉しくてならなかった。この子は喜兵衛の血をそのまま受け継いでいると思った。突然、


「いや!それはだめだ!」


 いつになく喜兵衛の強い口調が聞こえてきた。


 おみつは喜兵衛の顔をじっと見たまま黙っている。


「引き取ればその分利益が少なくなる。同じ利益を出そうとすれば倍の反物を売らなくてはならない。お得意様は限られている。それは出来ないことだ」


「いえ、それには方法があります」


 おみつは、その後の言葉を一気に続けた。


「お得意様の殆どは着なくなった着物でも、古着屋に持っていけば二束三文にしかならないと、箪笥の中にしまい込んでしまいます。着なくなった着物でも、あれば新しい着物を買おうという気持ちは薄くなってしまいます」


「そんなのは当たり前のことだ。おみつ、私はこの商いを何年続けていると思う。それらを知った上での商いだ」


声は抑え気味だが、明らかに興奮していた。


「お父様、私の考えをお聞き下さいますか?」


                                 つづく

次回第26回は6月13日火曜日です。