うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
23.おててつないで
「はい!」
二人は同時に返事をした。おみつは急ぎ駆け寄り、引き戸を開けた。
「おみっちゃん、おはよう!」
やさしい佳代の声である。
「おはようございます!」
「御来客でしたか?」
三右衛門の姿を目にして佳代は言う。
「はい、深川の親です・・・・・」
「・・・・・・・」
佳代に言葉が無かった。
みるみる驚愕の顔に変わった。見覚えがあった。十六年の歳月、忘れたことの無い顔であった。佳代はその場に崩れるように土下座した。
三右衛門は立ち上がると佳代のそばに行った。
「御母さん、良く覚えていましたね。どうぞお上がり下さい。そこではお話が出来ません」
「ありがとうございます。ありがとうございます。何とお礼申し上げてよろしいか・・・・・」
「さ、さ、お上がりください!」
佳代はおみつに支えられるようにして土間から部屋に上がった。上がるとすぐさま両手をついて、
「申し訳ありませんでした・・・・・」
「どうぞ、お顔をお上げ下さい。お話が出来ません。お身体の具合いかがですか?」
「えっ?」
「お風邪を召されたとお聞きしましたが?」
「昨日お伺いされた三右衛門様でいらっしゃいますか?」
「そうです。ご挨拶が遅れました。三右衛門と申します」
「こちらこそ大変失礼いたしました。丹波屋の家内、佳代と申します」
「おみつから、事のあらましを聞き少し心配になったものですから、お伺いしました」
「存じ上げぬこととは言え、大変失礼いたしました」
「お伺いして安心しました。その話を今、二人にしていたところです」
「おみつをここまでお育ていただきましてありがとうございました。何と申し上げて良いのやら、あまりにもことが大きすぎまして言葉が見つかりません」
「いえいえ、私こそ感謝いたしております。おみつを預かることがなければ、男一人です。無味乾燥な生き方をしていたと思います。こちらこそお礼を言います。しかし、子育ては私ではありません」
ここで、三右衛門は言葉をのんだ。そして、視線を天井に向け、
「年老いたお手伝いがおりました。五年前に身罷りましたが、おみつの躾や身の回りの世話をしておりました。おみつはこの婆やに育てられました」
おみつは、袂で両目を抑えている。
佳代はいたたまれなかったが、俯いたまま身じろぎもしなかった。
「却って辛い話をしてしまいましたね。話がそれてしまいました。私にとって、おみつを預からせていただいたのは本当に幸せな事でした。それが言いたかったのです」
三右衛門は心の中で違う違うと叫んでいた。表情にこそ表さなかったが、おみつはわが子であった。私は親である。今でもそう思っている。
寒い冬の夜は、私の布団の中で私の腕の中で丸くなって寝た。婆やが起こしに来ても腕にしがみついて寝たふりをした。
どこに行くにもついて来た。そして、いつも手をつないでくる。厠以外は手を離さなかった。婆やが呆れてその手を縛ってあげますと笑っていた。十五年も前の話だが昨日のことのように思い出す。
そのおみつがもう直ぐ母親になる。今は幸せを願うだけである。
「御母さん!これからよろしくお願いしますね。子供が生まれると聞いても私には何にも出来ません。お母さんの出番ですよ。これが運命と言うものです」
佳代には三右衛門の優しさが痛い程わかった。声を震わせて、
「ありがとうございます。お心、身に染みてございます」
「さ、おみつ!これで安心だ!何でも教えていただくのだよ」
「はい!」
「おみつ!こんな嬉しい時に泣いてどうする」
おみつは、心の中で三右衛門に手を合わせた。
次の日、佳代は喜兵衛を伴って三右衛門を訪ねた。
お礼で済むことではないと、喜兵衛もわかっていた。しかし、その心情を表すにはそれしかなかった。三右衛門は頑として受け取らなかった。
しかし、三右衛門は一廻り人生が長かった。それでは、ここに寺小屋を開く。机を寄贈願いたいと申し出た。
寺小屋はふた月もしない内に子どもや大人で溢れるようになった。多い日は五十人を越えた。
もう、畑仕事は出来る状態では無くなった。しかし、寄贈の米や野菜だけで食うに余りあるようになった。
しかも、畑仕事はみんなで交代で手伝っていくから、作業するところが直ぐ無くなるほどであった。
三右衛門は先生と言われ、神様扱いだった。
三右衛門は読み書きや算術を教えた。本人には何の苦も無きささやかなことだったが、人の為になったようだ。人の為になることが、こんなに幸せな気持ちになれるとは、三右衛門は想像だにしなかった。
今年五十六年の人生である。今、三右衛門の心に華が咲いていた。
そんなある日、若い男が駆け込んで来た。
「先生!おみつさんに子供が生まれました。男の子だそうです」
つづく
次回24回は5月30日火曜日です。
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