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     20、鰻

  喜兵衛と佳代はおみつの長屋の近くまで来て駕籠を降りた。そしてそこに待たせた。


「佳代、大丈夫か?歩けるか?」


「はい、大丈夫です」


 室町から半刻近くの距離である。病み上がりの佳代には無理であった。


喜兵衛も佳代も今日はどうしても会いたかった。会っておみつに謝りたかった。


 おみつの心証を考えるなら駕籠は避けたかった。しかし、今の佳代の体調では無理であった。喜兵衛は佳代の乗る駕籠の横を歩いた。


 二人はおみつの長屋の前にに立つ、


「ごめん下さい!」


「はい!」


 おみつの明るい声がした。


「喜兵衛です。入ってもよろしいですか?」


「どうぞ、お入り下さい」


 意外な返事に喜兵衛と佳代は顔を見合わせた。そして、そろりと引き戸を開けた。


「おみつさん、先日は突然で失礼しました。お身体は大丈夫ですか?」


「ありがとうございます。どうぞお上がり下さい」


 おみつは座布団を二つ用意した。


 喜兵衛と佳代はその座布団を横にずらして座った。


「おみつさん、この通りです。許して下さい」


 喜兵衛と佳代は深々と頭を下げた。


 おみつは佳代の両手を取り、


「お母さん、この間はごめんなさい。私が因業でした」


 小さい声だったが、佳代はもちろん喜兵衛の耳にも聞こえた。


佳代は思わずおみつを抱きしめた。あの時の小さなおみつだった。


「おみつ、ごめんなさい、ごめんなさい、おみつごめんなさい」


 後は声にならなかった。佳代は声を上げて堰を切ったように泣き出した。おみつも一緒に泣いた。


 三日間の日数はおみつの心を変えた。


 子供を置き去りにするような冷たい親が、自分達の名を書き入れたお守りを残すはずがないと、思い至ったからである。


 喜兵衛もおみつと佳代に大きな両腕を回して一緒に泣いた。


親子三人であった。暫くそのまま泣き続けた。


 思う存分泣いた。後は爽やかな気持ちになった。


「お茶を淹れて来ます」


 おみつが言うと佳代が、


「おみつ、大事な身体ですよ私が淹れてきます」


「はい!お母さん」


 おみつは自然に返事をした。これが血の繋がりである。三人の血が一つに流れている。理屈などいらない。温かい温もりが三人の心に流れて行く。


 喜兵衛も佳代も何を話そうかと思いを巡らせていたが、何の話もいらなかった。おみつも同じだった。


 おみつは胸元からお守りを出した。そして中から小さく折りたたんだ紙片を出して広げた。喜兵衛、佳代と並んで書いてあった。


 それを見た佳代は、両手を顔に当ててまた泣き出した。あの日のことは、今でも昨日のことのように頭に蘇る。


「おみつ、置き去りにしたにはわけがあるのだよ」


 喜兵衛はしんみりした口調で話し始めた。


「実は、私は博打で全てを失い、三人で一緒に死ぬつもりだった」


「ところが、お母さんが反対をしたのだ。おみつは生きて幸せを見つけて欲しい。どうしても一緒に死ねないと言うのだ」


「では、どこかおみつを預かって貰えるところはないかと考えたが、親類縁者にも借金があり、どこにも相談出来ない状況だった」


「そこで、人の多く集まる茶店を思いついた。安心しておまえを預けられる人を探していた」


「その安心出来るお方が、おみつを育てて下さったお方だ」


 おみつの心は絞られるようだった。やっぱりと思った。捨てたわけではなかったのだ。


「おみつ、そのお方にお礼を申し上げたい。お会いさせて貰えないか」


「私は今でもはっきり覚えております。私も是非お会いして、あの時の非礼とお礼を申し上げとうございます」


 佳代も口をはさんだ。


「はい、ただ何と言われるか、お聞きしてからでもいいですか?」


 おみつは元締めにお話して見なければわからないと思った。


「おみつ、そのお方はどちらにお住まいですか?」


「今は、まだ申し上げられません」


 おみつは口を濁した。


 喜兵衛も佳代もそのお方への篤い気持ちでいっぱいであった。直ぐにでもお礼とご挨拶をさせてもらいたいと思った。


 喜兵衛は話を続けた。


「それともう一つ大事なことがあります。おみつの旦那様にお会いしたい。また、どんな仕事をしていますか?」


「大工をしております。7つ半には帰ってきます」


「おみつ、待たせてもらっていいですか?」


「はい、会って下さい。私からもお願いします」


「佳代お待ちしよう」


「はい、私も是非お会いしたいです」


「旦那様が帰るまでに、私は夕食の支度をさせて貰っていいですか?」


 おみつは、嬉しそうに恥ずかしそうに言う。


「あっ、それなら丁度良い!この近くにうまい鰻屋がある。届けて貰おう。お腹のお子にも滋養があって良い。ちょっと頼んで来る」


 おみつの返事も聞かずに喜兵衛は飛び出して行った。喜兵衛は元来から気が早いのである。


 おみつは心配になった。実は親が訪ねて来たことなどは、良太には一言も話していないのである。                


                              つづく

次回21回は5月9日火曜日です。

※今回は掲載が遅くなり深くお詫び致します。