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      17、お守り

おみつは暫く畳に伏したまま泣き続けた。長い間心の奥に閉じ込めていた幼い頃の母の面影が蘇っていた。


 おみつは許せなかった。自分を捨てた母が許せるはずがなかった。


 立ち上がると何を思ったか、箪笥の引出しからお守りを出してきた。


 中の紙を出して見た。そこには、喜兵衛・佳代と並んで書いてあった。


 やっぱりそうであった。そうするとあの男が父親なのか?どうしても思い出せなかった。


 憎いはずの母の顔が浮かぶ、消しても消しても頭に浮かぶ。せつなく、なぜか悲しかった。


 私を捨てた母、許さない。許せない。いまさら会いに来たって・・・・・。


 おみつは思い直したように、夕食の支度を始めた。もうじき良太が帰ってくる。余計な心配はさせたくなかった。


「おみつ!帰ったよ!」


「お帰りなさい!」


 良太の声を聞くと嬉しくて飛びついていった。私にはこの人がいる。何にもいらない。


「どうした?何かあったのか」


 おみつの泣きはらした顔を見て心配そうに言う。


「ううん、何でもないの」


「何でもないはずがない。話してごらん」 


 良太は心配そうにおみつを見つめる。


「後でお話します。暑かったでしょう。お風呂に行って来て下さい」


 おみつは、この人には隠し事はできないと思った。いつものように浴衣と下の物を風呂敷に包み渡した。


「そうか、わかった。風呂に行って来る」


 何気ないふりをして長屋を後にしたが、良太は心配だった。


 十六年前、丹波屋は博打による借金の形に取られることになった。二代続いた呉服丹波屋は喜兵衛で終わることになる。


 父の代から信用して反物その他を卸している店があった。その店に、昨年の未払いのまま、その年は倍量の品物を卸した。


 大口の取引があります。期日には必ず払いますと泣きつかれたら、信用するしかなかった。


 喜兵衛は、一時の支払いを埋めるために高利の金を借りた。ところが、その店は支払期日を延ばし延ばしにした。しかし、高利貸しはそのたびに快く証文を書き変えてくれた。


 ある時、その高利貸しが儲け話を紹介してくれた。博打だった。一晩で百両の金を手にした。借金の半分の金が返せた。


 こんなに簡単に金が入るならと、喜兵衛は博打に溺れて行った。勝ったり負けたりを繰り返すうち、店を担保にしてしまった。そして、とうとう店を明け渡すことになった。


 罠だったと気付いた時は遅かった。生きる望みを無くした。亡くなった親に顔向けがならないだけでなく、佳代とおみつに申し訳なかった。喜兵衛は死ぬつもりでいた。


 佳代にわけを話すと、私も一緒に死にますと言う。喜兵衛はおみつだけを残すことはしのびない、一緒に死のうと言った。佳代はどう言っても反対した。


 しかし、親類縁者に預けることを考えたが、借金に散々回りつくし、お願い出来るところはなかった。


 佳代は、どうしてもおみつには生きて幸せになって貰いたいと言う。そして、親類縁者がだめなら、誰か知らない人にでも育てて貰おうと思った。


 それは直接頼むには、時間がないことも承知の上だった。


 育ててくれる優しい良い人を探すには、人の出入りの多い茶店が良いだろうと思い、茶店を当たることにした。


佳代は、おみつの胸に幸せを願いお守りを入れた。 その中にはあの世からもおみつを守ると思い、喜兵衛・佳代と二人の名を書き連ねた紙を入れた。せめてもの親心だった。


 おみつは無邪気だった。久しぶりに母と一緒に出掛けると言うので、嬉しくてたまらないのかはしゃいでいた。


 佳代はその様子に胸が潰れる思いだった。こみ上げる涙を必死にこらえた。不憫で堪らなかった。


 明るいうちにと両国橋たもとの茶店に入った。多くの人が出入りしたが、この人ならと言う人は見つからなかった。諦めかけたとき、店に入って来た人がいた。


 人品好ましく精悍でありながら、優しさの漂う四十がらみのお人だった。お武家様では無いようだが商人のようにも見えなかった。


 この人ならご本人がだめでも、それなりの預け先を考えていただけると思った。


「ちょっと用を足して参ります。この子をお願いで出来ませんでしょうか?」


 その人はにっこり笑って、


「こっちへお出で!」


 と優しくおみつの手を引いてくれた。


 おみつは、何かを感じとったのだろうか母親の顔をじっと不安そうに見つめていた。その視線が悲しかった。視線をそらすように佳代は下を向いてその場を離れた。


 今でもその視線を忘れることが出来ない。佳代は何度も引き返そうと思った。しかし、道連れには出来ないと思い直した。生きて幸せになって欲しい。佳代はおみつに謝りながら祈った。


 丹波屋に戻ると、佳代は喜兵衛の胸で思いっきり泣いた。心は癒えなかった。


 夜更けて二人は両国橋の真ん中の欄干前にいた。喜兵衛は用意して来た腰ひもで佳代の両足を縛った。


 二人はそのまま抱き合った。もう涙は出なかった。薄い月明かりの中で、互いの顔を忘れないかのように見つめ合った。


「お佳代、先に行って待っててくれ、直ぐに行くからね」


「はい」


 欄干は高い。喜兵衛は佳代を抱き上げた。


                                  つづく

次回は4月18日火曜日です。