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          12.大笑い

 「おみつ!大事なことを忘れていた!」


「何ですよう。もう、騙されませんよ」


「いや、大事なことだ!これから親方のところへ行こう」


「どうしたのですか?」


「おまえを紹介しておきたい。おいらは十五日まで昼間は仕事だ。おみつ、お前は夜仕事だ。二人一緒に行けるのは今日しかない」


「あら!大変!」


「そうなんだ。もちろん、雨の日は休みだ。しかし、いつになるかわからない」


「あたし、直ぐ支度する!」


「そうしてくれ!今、九つ半だから遅くとも八つには着く」


(九つ半⇒午後一時、八つ⇒午後二時)


 本所の棟梁宅に伺うと、おかみさんが出て来て、


「あら、まあ!いらっしゃい!」


「おかみさん、おみつです」


 良太は少し照れながら紹介する。


「おみつと申します。よろしくお願いいたします」


「まあまあ、こんなとこで、さ、さ、お上がんなさい」


 おかみさんは二人を伴って客間へ入って行った。座布団を敷きながら、


「どうぞお座りなさい。親方は盆栽と遊んでるから呼んで来るわね」


 良太は初めて客間へ入った。座布団を出されたのも初めてだった。


 良太は部屋の造りに見入った。さすがに棟梁の家だ。欄間など凝った造りではないがどことなく格を感じる。柱や壁もしっくりと見事に調和している。不思議だが座っていて落ち着く。


「良太!どうした?」


 二人の前に座りながら、親方はわかりきったことを聞く。


「今朝お話しました。おみつです」


「おみつと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 おみつは両手をついて緊張気味に挨拶する。


「顔を上げなさい。こちらこそよろしくお願いしますよ」


 ほどなくおかみさんがお茶を持って入って来た。


 おかみさんが座に入っただけで緊張が解けて和やかになった。


「良太、こんな綺麗な人、どこで見つけて来たんだ!」


 親方が言うと、おかみさんが続けて、


「そう、あたしも聞きたかったの。普段はもちろん、休みの日さえどこへも行かず、道具ばかり手入れしてたからね」


 親方はすかさず、


「良太、なれそめを聞かせて貰おうじゃないか」


「なれそめってなんですか?」


「なれそめも知らないのか、お前たちが出会った時のことだ」


「何だそんなことですか。深川で歩いててぶつかったんです」


「うん!それはわかるな。おみつさんが綺麗だから、ぼーっとなってぶつかったんだろう」


「いえ、おみつがぶつかって来たんです」


「あらあら、そうかしら?男って自分に都合よく考えますからね。おみつさん気を付けなさいよ」


 うふふとおかみさんは笑う。


「ま、ま、めでたく当たったってことだな」


親方はおかみさんに弱みを握られているようだ。


「ところで良太、十五日のことだがお披露目はここでやる。隣の座敷を合わせると14畳になる。一切はわしに任せてくれ」


「兄弟子七人には出て貰うぞ、三人は所帯を持っていないからやっかむ奴もいるかも知れないがな」


「おみつさん、ご両親もお呼びしてな」


「はい、ありがとうございます。故あっておりませんが、育ての親が一人おります。お呼びしてもよろしいでしょうか?」


「是非来てもらいなさい。しかし、それはすまなんだな。何も聞いてなかったものだから、他にご兄弟とかご親戚は・・・」


「いえ、誰もおりません。ご配慮ありがとうございます」


「おみつさん、苦労したな。これからが幸せの始まりだよ。良太は心の優しい男だ。仕事も出来る。頼りになる。わしが太鼓判を押す。幸せになるんだ!」


「でもな、幸せだからこそ悩む時がある。そう言うときはどんな小さなことでも悩まないで、わしとこいつのところへ相談に来なさい。年の功と言うのがある」


 親方はおかみさんの肩を叩いてにっこり笑った。そして思いついたように、


「良太!わしたちが仲人になる。良いか?」


「本当ですか?実はお願いできればと思っておりました。ただ、おいらごときではと、言えないでおりました」


「よし!決まった!おまえ良いな」


 とおかみさんに向かって言う。


「はい!」


 と返事して、おみつに向き直り、


「おみつさん、何でも相談にお出でよ。お腹の赤ちゃんのためにもね」


 おみつは赤くなった。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 それから間もなくして、二人はお礼を言って棟梁の家を出た。

 

 二人は仲良く並んで幸せいっぱいの気持ちで、深川へ向かって歩いていた。突然、おみつが立ち止まった。


「おみつ!どうした?」


「お父様とお母様には、いつ会いに行くんですか?」


「実はな、おみつには黙っていたが、帰れないんだよ。親父を殴り殺してしまったんだよ。でも生きていたようだ。おまえからも親方からも聞いて安心した。どんなに嬉しかったか・・・・・・・」


「しかし、それが原因で身体が相当弱っているようだ。酒も飲めなくらい悪いようだ。おいらが殴ったせいだ。あんな大酒飲みが一滴も飲めないなんて・・・辛いだろうな。気力も大分無くなったようだ。親方が言っていた。大分柔らかくなったって。おいらのせいだ」


「良太さん。謝りに行きましょう。これから行きましょう」


 おみつは良太の手を引く。


「私も一緒に謝る。良太さんのお父様はあたしのお父様です。だから、一緒に行きましょう」


 良太はおみつにそこまで言われて、行かないとは言えなくなった。このままではいけないと言う気持ちも働いた。


 長屋の前まで来て、良太は立ち止まった。おみつは強引に手を引っ張った。入口の前まで来た。良太はすくっと姿勢を正すと、


「良太です!」


 と言った。一呼吸あって引き戸が開いた。母親だった。


「良太!良く帰って来たね。さ、入んなさい。何してるの?」


 良太の後ろにいるおみつに気付き、


「あら、こないだの人ね。こないだはありがとうございました。どうぞ一緒にお入り下さい」


 母親は言葉が改まった。正面に父親が横を向いて座っていた。四畳半一間は、引き戸を開ければすべてが丸見えだ。


「おまえさん、良太が帰って来ましたよ」


 良太は土間から畳に両手をついて謝ろうとした。その時、父親は良太の方へ向き直り、両手をつく。


「良太!勘弁してくれ。わしが悪かった。お前が出て行ってそれが良くわかった。わしの体を心配して酒を止めろと言ってくれたのに、でくの棒とか悪口ばかりついていた。本当にすまなかった」


 良太が唖然としていると、


「酒は止めた。この通りだ勘弁してくれ!おまえは俺の生き甲斐だった。だから、お前には厳し過ぎた。全てはわしの勝手だった」


「お父っつあん、それは違うよ。その厳しさのお陰で、おいらは四年で大工になれた。今日、実はお父っつあんに謝りに来たんだ。どんな理由があっても、親に手を上げちゃいけない。お父っつあんすみません!謝るのはおいらの方です」


「おまえさん、良かったね。良太はおまえさんのこと逆に心配してたんだよ」


 母親は涙ぐんで、


「良太、上がんなさい。それからそちらのお方、どうぞお上がり下さい」


 良太は畳に上がると父親の手を握り、


「お父っつあん、すみませんでした。おいらお父っつあんが自慢出来るような大工になって見せるよ」


 父親は涙を必死に堪えていた。次第に両肩が震え始めたがそれでも涙をぐっと堪えていた。


 おみつは、良太が父親と仲直りしたのが、自分のこと以上に嬉しかった。泣きたいのを我慢していたが、ついに堪えられず声を上げて泣いた。


 良太が直ぐ側に行って抱くようにしてなだめた。それを見た良太の父母は、何かを悟った。母親が言う、


「良太、何か話すことがあるんじゃないの?」


 良太は我に返った。おみつを促し座り直した。


「お父っつあん、おっ母さん、おいら結婚します。おみつと言います」


 良太はしましたとは言えなかった。もっとも、二人だけで決めた結婚である。


 おみつは両手をついて、


「おみつと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「おみつさんと言うのね。こちらこそ良太をよろしくお願いします。この間お会いした時から、良太にあの人のようなお嫁さんが来てくれたら良いねと、いつも二人で話ししていたのですよ」


 母親の嬉しそうな顔。良太も嬉しくなった。


「お父っつあんおっ母さん、今月十五日に親方がお披露目を開いてくれるそうです。是非来て下さい。親方が仲人をしてくれるそうです」


「良太そんな大事なことは、直ぐ話さなきゃだめじゃないか!もちろん行かせて貰う。おい!酒の支度をしろ!前祝いだ!」


「おまえさん、お酒ですか?」


「あっ、すまん!お茶で良い」


 四人が揃って大笑いする。近所迷惑な大笑いでした。


                                  つづく

次回は3月14日火曜日です。