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           11.恩返し

 「おいらに子供が・・・・・・・」


 良太は絶句した。想像だにしていなかった。喜びが実感できない。それよりもどう言ったらいいのかわからない。どうしたらいいのかわからない。


「ねぇ、嬉しくないの? 私達の赤ちゃんよ!」


「嬉しいに決まってるだろう。ただどうすればいいのだろう。おいらどうすればいいのだ」


「なにもしなくて良いのよ。あたしが生むのだから」


「いや!そんなことじゃない。大事なことだ。これからは、おみつを一人にしておけない」


「あたしは平気よ。大丈夫よ。あたし良太さんの子供が産めるのよ。嬉しいの。すごく幸せなの」


「おみつ、親方のところへ行って来る」


「なんどきだと思ってるの?もう直ぐ四つ半よ。(午後11時)」


 次の朝、明け六つ半(朝七時)になると、良太は本所の棟梁のところへ出かけて行った。


 これまでのいきさつを、棟梁の喜兵衛は、良太を真っ直ぐ見ながら黙って聞いていた。


 良太は一通り話すと、座り直し両手をついて、


「親方、勝手で申しわけありませんが、おみつのそばにいてやりたいんです。通いにしていただけませんか?」


 喜兵衛はにっこり笑って、


「それが良い、今日からでもそうしてやれ」


「えっ、許していただけるのですか?」


 あんまりあっさり許してくれたので、驚いた良太は一瞬言葉を失った。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 何度も頭を下げる。


「ところで、良太、父っつあんは知ってるのか?」


「いえ、親方に初めてお話しました」


「早いうちに話をするんだぞ、何があったか知らないが父っつあん酒止めたぞ。もう一年になるかな・・・」


 喜兵衛は腕を組み天井を見て寂しそうに言う。


「父っつあん来るとな、二人で楽しく飲んだものだが、今はいくら勧めても飲まないな」


 良太は黙って俯いている。


「お前、何か知ってるか?」


「いえ・・・・・・・」


「そうか、親孝行しろよ。父っつあん大分柔らかくなったぞ。昔はどれだけ殴られたか。大工は体で覚えるのが一番だ。今があるのは、父っつあんのお陰だ」


「そうですよ、私達がこうして一緒になれたのも、良太のお父さんのお陰ですよ」


 おかみさんはしみじみと言った。


「若気の至りでね。俺は酒と手慰みで明け暮れていた。宵越しの銭は残さねえと粋がってたな」


「そんな夜だ。負けが込んで付き馬されたんだ。行くとこが無いんで、こいつのとこに連れて行ったんだ。三両と言う大金があるわけがない。付け馬は、こいつを連れて行くと言いやがる」


「俺は当てがあると言って、こいつを連れて付き馬を父っつあんとこに連れて行った。良太、お前が三つの時だ」


「父っつあんは二両三分の金を出して来た。そして、少し待ってくれと言って道具箱を抱えて質屋へ走った。合わせて三両の金を都合してくれた」


 そばで震えていた当時のおかみさんを、良太の母親は肩を抱き寄せるようにして、


「大丈夫よ、心配しなくて良いよ」


 と優しく肩を撫でてくれた。


 後で知ったことだが、お金は良太のためにと、三年かけて貯めた金だった。


 当時は子供が病気すると多額の治療代が掛かった。それに、その頃、流行り病が蔓延していた。


 思い出したのか、おかみさんは袂を目に当てて涙を拭いた。


「その後だ、父っつあんは道具が無いんで、仲間から道具を借り集め仕事を続けたが、しくじってしまった。それからだ、酒を浴びるように飲むようになったのは」


 そう言って喜兵衛も目を潤ませた。


「良太!お前たちのお披露目は俺たちがやる。今度の休み、十五日にしよう。父っつあんにわけを話して出て貰うのだぞ」


「あんた!やっと少しばかりお返しが出来ますね」


「親方、すみません!おかみさんすみません!色々お世話をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 畳に頭を擦りつけるようにして良太はお礼を言う。


「そんなことするんじゃない。良太。明日は直接仕事場へ出て来い!遅れるんじゃないぞ。ははははは」


 棟梁は意味ありげに大きく笑い声を立てる。おかみさんも何やらわかったのか、


「まあ!」


 と微笑む。


 良太はつられて笑いながら頭を掻いたが、意味はわかるまい。


 深川に帰りながら、良太の心は晴れやかだった。今日からおみつと一緒に暮らするのだ。喜びで心は満ち溢れていた。


 しかし、父に対しては申し訳ない気持ちと後悔で、せつなくなった。


「ただいま!」


 おみつが急ぎ出て来た。


「お帰りなさい!早かったわね」


「慌てて出て来なくて良いよ。転んだりしたらどうするんだ!」


「はい!気を付けます」


 おみつは素直に言って、


「どうでした?」


「おみつ、今日から一緒に暮らすぞ」


「一緒って、あたしと一緒に」


「そうだよ、ここから仕事に行く」


 おみつは嬉しくて、子供のように良太に抱きついた。


「まあまあ、座れ。話したいことがある」


「はい!」


 おみつのあまりにも嬉しそうな顔を見て、良太は悪戯心が湧いた。急に顔を曇らせて言う。


「実は困ったことが起きた。心して聞いてくれ。親方がな・・・・・・」


「どうしたの?何があったの?」


 おみつは不安げに聞く。


「親方がね・・・・・・・」


 良太は一生懸命に困った顔をしようとしたが、限界だった。吹き出してしまった。


「ははは、実はね親方がおいらたちのお披露目をしてくれるんだって」


「ひどい!いっぱい心配させて」


 おみつは本当に心配したようだ。涙目になって良太を両手で叩く。やっと修まると、


「でも、本当に?お披露目って婚礼よね」


「そうだよ。当たり前だろう」


「近々、おみつには、おいらの父母に会ってもらうぞ。それから親方夫婦だ」


「あたし、お父さんお母さんにはお会いしてます。縁て不思議ね」


 おみつは思いがけない婚礼の話に緊張しているのか言葉遣いが丁寧になっていた。


「それから、おみつ、元締め様にはお出でいただかないとね。長屋の大家さんにも」


 二人の話はあれこれと発展して行った。


 昼時はとっくに過ぎていた。二人は空腹を忘れ、夢中になって話続けた。


                                  つづく

次回は3月7日火曜日です。