うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
10.墨壺
「ねぇ、良太さん。明日は正月三日ね、あたしたち、やっぱり一緒に住めないの?」
「昨日も言ったように、大工に取り立てて貰ったばかりだし、休みの1日と15日以外は無理だよ」
「あたしたち結婚したのよ」
「そうだ!おいらたちは夫婦になったんだ。だけど、誰も知らない」
「元締めは認めてくれたわよ」
「仕事が終わったら帰るようにする。それとね、雨が降ったり雪が降ったりしたら休みだよ。その日は朝から帰れるよ」
良太は棟梁に相談することを考えていた。通いにして貰おうと。しかし、色々考えてみるが、理由がどうしても見つからない。考えている矢先のおみつの質問。自然と配慮の無い答えになってしまった。
「じゃ、一緒に居られるのね?」
「そうだよ、一緒に居られるよ」
「でも、あたし帰ってくるのは五つ半(午後九時)になるのよ」
「帰っても誰もいないと言うわけだ」
「木戸も四つ(午後十時)には閉まるのよ。あたしお店辞める」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あたし、一緒に居たい。良太さんと離れるの嫌だ!」
「それはおいらの言葉だ!おみつさん大好きだ!おいらも一緒に居たい!」
良太は抑えていた気持ちが、堰を切ったように大きな声になった。そして、おみつを抱きしめた。良太に抱きしめられて、おみつは少し安心した。
「ごめんね。あたし平気よ。お茶入れて来るわね」
おみつは立ち上がった。良太は腕組みして又考え込んだ。何か良い方法は無いものか。どう考えても思いつかなかった。
「はい、どうぞ!」
おみつは明るく振舞い、にっこり笑ってお茶を出す。
「さっきはごめんなさい。わがままでした。一年間頑張って来たのよね。月に二日も一緒に居られるのよ。喜ばなくっちゃ」
「おみつさん、おいらもずっと一緒に居たいんだ。気持ちは一緒だ。もう少し待ってくれ」
「大丈夫よ!無理言ってごめんなさい。それよりお願いがあるの」
「何だろう?」
「あのね、あたしのことおみつと呼び捨てにして欲しいの」
「だって、あたしたち夫婦でしょ」
「そりゃー良いけど、なんだか照れるな」
「ね、呼んでみて」
「おみつ!」
「はい!」
おみつは自分が呼んでと言ったくせに、下を向いて恥ずかしそうに返事した。声は小さかったが、嬉しさが身体全体に表れていた。
不思議なことに、おみつと呼んだことで良太の心に何かが変わった。
「おみつ!半年待ってくれ。必ず一緒に住もう」
良太の顔は決意に満ちていた。
良太の仕事は、誰よりも早く正確だった。とにかく働いた。働くことがおみつへの想いを忘れさせた。それは仕事の技術を高めることにもなった。
中でも墨付けは重要な技術仕事だった。しかも正確さを要求される細かな仕事だった。
いつの間にか重要で面倒な墨付けは、良太に任せられるようになった。兄弟子たちからも、
「良太!これもやっておいてくれ」
と頼まれる。本来ならやっかみを受けて良いはずだが、誰もそう思わなかった。良太を便利に使った。
良太はいつでも気持ちよく引き受けた。
その墨壺は、一昨年暮れ改めて住み込みに入った時、棟梁がわけも聞かず”この道具を使いな”と貸してくれた道具の一つだ。
※墨壺・・・小さな糸車のようなもので、墨の付いた糸が出る。
この 糸を弾いて線を引く道具。
実はその墨壺は、棟梁が昔兄弟子からこれを使えと貰ったものだった。その兄弟子とは良太の父親である。それは伏せてある。
今日は三月三十日。
良太はいつもと違った。仕事は一段と張り切っていた。それは傍目にもわかった。みんなは給金がでるからと単純に思った。
兄弟子を含め、仕事量に拘らず1日は1日分の給金が出るので、それ以上の仕事をしようとはしなかった。
良太は時間が過ぎるのを、イライラと遅く感じていた。今日は朝からおみつの顔が浮かぶ、どんなに仕事に徹しても消すことが出来ない。夕暮れが待ち遠しい。
ぽかぽかと暖かい日だった。桜八分咲き。そよと吹いて来た風に花びらがゆっくり舞い落ちた。
明日は三月三十一日、商家や職人が多く休む日。花見が一段と賑あうだろう。
おみつは朝から大忙しだった。今日は良太の帰って来る日。掃除はもちろんだが、布団を干したり、食材の買い物と休む暇もなく動いていた。
少しも疲れなかった。浮き浮きと心が空を浮いているようだった。
他に忘れ物は無いかしら? ぬか床を混ぜながら思った。ぬかの良い匂いがした。
居酒屋門仲で分けて貰ったぬか床は、おみつに馴染んできた。大根と人参は昨日から、きゅうりは今日足した。
居酒屋門仲を出ると、自然と急ぎ足になった。おみつの心は嬉しくて踊るようだった。この足がもどかしい。
遠くからわが家に灯りが点いているのが見える。良太さんが帰っている。嬉しい。涙が出そう。
「ただいま!」
急ぎ引き戸を開けた。良太が入口で待っていた。おみつは良太の胸に飛び込んだ。良太はおみつを力いっぱい抱きしめた。
「苦しいよ!」
嬉しくて言った。もっと強く抱きしめて!心はそう言った。
「お腹すいたでしょう。直ぐ用意するわね」
あらかじめ用意してあったから、ご飯が炊けると直ぐ食事になった。
献立は、あじの煮魚、筍の煮物、ほうれん草の胡麻和え、自慢のぬか漬け三種。
料理は門仲で教わってくるようだが、おみつの作る料理はうまい。大根の味噌汁の味噌加減が良太にとどめを刺す。
「あのね、大事なお話があるの」
おみつは急に落ち着かなくなった。
「どうしたんだ、何か心配事でもあるのか?」
「ううん、大事なお話なの」
「それはわかった。話してごらん」
「あのね・・・・・・・」
「だから、なに?話してごらん」
「あのね・・・・・・・赤ちゃんが出来たみたい」
つづく
次回は2月28日火曜日です。
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