Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

       マスク美人 8.

 「良いですよ。嬉しいな!是非聞いて貰いたい」


「私、ラ・フォリアを練習している時に辞めたの。途中だったから、今でも悔いが残っているの」


 「僕も好きな曲だ。グリュミオーの演奏で持ってるよ」


「本当ですか?是非聴かせて下さい。でも演奏家の名前まで良く覚えていますね」


「買う時に音楽雑誌の評価を調べるからね。どうせなら良い演奏で聴きたいと思うから」


「そうなんですか。私はいつも買う時迷います。そして、良い音で聴きたいと思って録音の新しいものを選びます」


「それも良いと思うよ。今は余程の演奏家のものしか録音しないからね」


「ラ・フォリア聴かせて下さい。凄く懐かしいです」


「それじゃ、行きましょうか?」


 山本はにっこり笑って立ち上がった。森山も嬉しそうに立ち上がった。


 店を出ると、すぐ前の小川町駅から新宿へ出た。小田急線に乗り換えて経堂で降りた。歩いて10分だ。


 山本はやましい気持ちはないが、なぜかどきどきとしていた。女性を部屋に迎えるのは生まれて初めてだった。


「散らかってますがどうぞ!」


 鍵を開けて中へ入り、まだ明るいが電気を点けて言う。


「綺麗にしていらっしゃるのですね」


「そうですか?何もないですからね。ここへどうぞ」


 座布団を出して来た。目の前に大きなスピーカーが並んでいる。高さ1m以上もあり部屋に不釣り合いである。


「珈琲が良いですか?紅茶が良いですか?」


「すみません。では、お紅茶お願いします」


 お'紅茶だって、私変だわ。何だか緊張してるの。


 私、普通のことのようにここに来てしまったけど、どうしよう。男の人の部屋に来たの初めて。


 山本さんどう思っているかしら、きっと軽率な女だと思っているわ。山本さんと一緒にいると普通のことだったの。


 思い始めるときりがなかった。座っていながら落ち着かなかった。紅茶の良い香りが漂ってきた。いつもの匂いだ。


 山本はティポットから茶こしを使いゆっくり注いでいる。そばにT社のダージリンの缶がある。自分と同じだ。


 その匂いに気持ちが落ち着いて来た。


「ダージリンですね」


「よくわかりましたね」


「私、大好きなんです。同じものを飲んでいます」


「嬉しいな!僕も昔からこのダージリンを飲んでいるんだ。どうぞ」


 森山も嬉しくなって、さっき思ったことはどうでも良いと思った。


「ラ・フォリアかけますね」


 優して深いメロディが流れて来た。紅茶の香りに混ざって色々な事が思い出された。せつなくなってきた。


 12分ほどの短い曲だが、終わった時には涙が溢れていた。山本が心配してじっと見つめていた。


                      つづく

次回は10月30日金曜日朝10時に掲載します