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   9、井戸端会議

 水温む春とは良く言ったもので、人の心も理由なく温んだ。後十日もすると四月である。


 朝五つ半(午前九時)、井戸端は今日も相変わらず賑わっていた。


 近頃はきぬも仲間入りしていた。


「あんた、ご亭主は


改心したようだね」


「そうだよ、あれ以来、無口になっちゃってね。別人みたいだよ。飲みにも行かなくなったしね」


「やっぱりね。顔つきも変わっちゃったよ」


「そうそう、良い男になったよ。先生程ではないけどね」


「あら!うちの人聞いたら喜ぶよ」


「確かにね、渋いよ。夕方帰りにばったり顔を合わす時があるんだよ。お帰んなさい!て声かけると、以前はおっ!と手を上げてにかっと笑いながら帰って行ったんだよ。それが近頃は頷くだけで黙って行っちゃうよ」


もう一人のおかみが言う。


「照れてるのかもね。あんな大事件起こしたんだもの。でもね、あの顔ぐっととくるよ」


「あんた!まさか、うちの人ねらってんじゃないよね?」


「あはは、ばか言うんじゃないよ!あんたと兄弟はごめんだよ」


「姉妹と言うんじゃないの?」


「そうだよ、そうなったらおしまい(姉妹)だよ」


「わっははは!わっははは・・・・・・」


 まるで男、三人は大笑いする。きぬは笑う意味がわからなくて合わせ笑いをする。


「そうそう、おきぬちゃん!あんたんとこどうなってるの?」


「あたしも気になってんだよ、どうなってんの?」


「どうなってるって、どう言うことですか?」


「夜になると帰っちゃうよね」


「そうだよ、何で帰っちゃうんだよ。一日一緒に居てさ」


「わけわかんないよ。もったいないよね」


「どうしてですか?もったいないって」


「おきぬちゃんはいくつになった?」


「はい、十九歳です」


「ふーん!あたしなんか十五の時よ。花も恥じらう乙女だったよ」


「あんたも十五の時があったんだね。今じゃ想像もつかないね」


「清らかなあたしが、恥じらいながら花を散らしたの」


 夢見るような顔をして言う。


「あの鬼瓦のような亭主とかい!」


「鬼瓦で悪かったね!あんたの亭主よりましだよ。ひょっとこ顔よりね」


「あはは!ひょっとことは良く言ったね。あたしも思ってたんだ。どこかで見たことあるなって。確かにひょっとこだ!良く似てる」


「あんなのと毎晩励んでるらしいが、良く続くね」


「なに言ってんだよ!わかりもしないくせに」


「残念でした。隣だから筒抜けなんだよ!激しいんだから」


「冗談じゃないよ。あたしんとこは、お前さんの声で毎晩眠れないんだよ」


「しょうがないだろ、すること無いんだから」


「男の盛りを納めるのは女の大事な仕事だよ。二人とも良い加減におしよ」


「そう言えば、先生は男盛りだから辛いだろうね」


「あたしが変わってあげても良いんだけど、先生が承知するかどうか」


「ばか!するわけないだろう。あたしなら良いかもね」


 きぬはやっと意味がわかったらしく、洗濯しながら顔を赤らめた。


「余計なおせっかいかも知れないが、おきぬちゃん何で夜になると帰って来るんだよ。先生が帰れって言うのかい?」


「いいえ、私が自分で帰って来るのです」


「ふーん!先生のこと嫌いなんだ?」


「あたしたちいつも言ってるんだよ。お似合いだよねって。羨ましく思ってんだよ」


「そうだよ!自分から帰っちゃいけないよ。先生が帰れって言ったのなら仕方ないけどね」


 きぬは心がどきどきしてきた。そして、なぜか身体が熱くなってきた。


「おきぬちゃん聞いてる?」


 三人は覗き込むようにしておきぬを見た。


「はい」


 小さな声で答えた。


「先生は、硬い人だから泊まって行けとは絶対言わないね。でもね、帰れって言わないんだろう?」


「はい、言われません」


「長屋住まいでも侍だからね。侍は見栄ばっかり張るんだよ」


「ねぇ、おきぬちゃん。先生が帰れって言うまで居るんだよ」


「そうだよ、早く先生と一緒になりなさいよ!」


 きぬは耳まで赤く染めた。


 長屋では賃粉切りが一段落したようだ。


「おきぬちゃんどうかしたか?今日は全然話しをしないね」


 一平はいつになく口数の少ないきぬに心配した。もう直ぐ夕方である。


「すみません、これから夕ご飯の用意をします」


「すまないね、よろしく頼むね」


 夕食が済むと井戸端に茶碗などを洗いに行き、それが済むといつも自分から帰って行った。


 今日は、又お茶を淹れた。


「一平さんどうぞ」


「ありがとう、今日は量が多かったから疲れただろう。私も疲れた。少し休みなさい」


 きぬは帰れと言わない一平を見て、胸がどきどきしてきた。そして口が渇いてきた。思わずお茶を飲んだ。


 これからどうしようと思ったがどうして良いかわからない。お茶を、出来るだけゆっくり飲むことしか思いつかなかった。


                                  つづく

次回10回は9月26日火曜日朝10時に掲載します