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        7、みそ汁かけご飯

 一平はそっと唇を離した。


 なんてことをしてしまったのだ。そう思うと、きぬをそっと離した。きぬは目を開けた。


「おきぬちゃん、ごめんね。色々思い出してしまったね」


 一平のごめんねは口づけをしたことに対してのことだったが、それは言えなかった。


「いいえ、泣いたりしてこちらこそごめんなさい」


 きぬは夢でも見たような気持だった。


「おきぬちゃん、良く頑張って来たね」


「いいえ、私は頑張れないのです。だから、父が亡くなった時は死のうと思いました」


「それはいけないね!」


「でも、長屋の皆さんが心配して助けてくれました。そんな時にたばこ屋さんが訪ねて来たのです。賃粉切りをやってみないか?と言われました」


「実は、どうやって生活しようかと思っていたのです。父が風邪で寝込んだ時、やりかけの賃粉切りを私が見よう見まねで、仕上げて届けていたのです。たばこ屋さんには、直ぐ父の仕事ではないとわかったようです」


「そうだろうね。仁左衛門殿の仕事は評判になっていたようだから・・・」


「そうなんです。お客様から父の刻みが欲しいと、注文があって困ってたらしいのです」


「葉は同じだが、刻み方で味が違うからね」


「私は、父の刻み以外の仕事をいつも手伝っていましたから、見よう見まねで仕上げて持って行ってたのです。たばこ屋さんには父の仕事ではないとわかっても、お客様にはわからなかったようです。でも、父の3倍ぐらいの時間がかかりました」


「それだね。その丁寧さと、刻むまでの仕事が味に影響する。たいていの者は量をこなそうとして、ただ刻んでいる者が多い。同じ葉でもどの葉と重ねるか、切る方向はと奥が深い。それが仁左衛門殿の仕事だ」


 いつの間にか湿っぽい話はなくなり、賃粉切りの話になっていた。


「おきぬちゃん、これからしばらく、賃粉切りはここに持って来なさい。ここで一緒にやろう。色々教えてあげることも出来る。仁左衛門殿への恩返しだ」


「はい!よろしくお願いします」


 きぬは一段と大きい声で返事をした。思わず手で自分の口を押えた。余程嬉しかったようだ。


「おきぬちゃん、外まで聞こえるよ」


「すみません」


「おきぬちゃん、お腹空いたね!ご飯の途中だったね」


「あーっ、そうでした。私もお腹が空きました。おみそ汁温めて来ます」


「いいよ、このままで、こうやって・・・」


 一平は残りのみそ汁をご飯にじゃばっとかけた。それを一気にかけ込むように食べる。


「おいしいものはおいしいのだ。おきぬちゃんもやってごらん」


「父がいたら怒られます」


 一平は、きぬに構わず茶碗を抱えてズズ、ズーッとすするように食べ、合い間にぬか漬けのきゅうりをぱりぽりと食べる。


 おいしそうに食べる一平を見て、きぬもみそ汁をかけた。早速、ズズ、ズーっと食べる。


「どうだ!おきみちゃん?おいしいだろう?」


「おいしいです!実は私もやってみたかったのです」


 その言葉を聞いて、一平は得意顔になり、


「おかわり!」


「はい!」


 きぬは何だか嬉しくなった。


 一平はあっという間に三杯のご飯をおかわりした。


 二人の夕食は、みそ汁かけご飯のおかげで、食べ始めてから四半刻とかからなかった。


(註、一刻=二時間)


 次の朝早く、明け六つ(午前六時)。


 借金亭主の女房が訪ねて来た。


「先生!先生!起きて下さい!お願いします」


 あまりの切羽詰まった声に、一平は顔を出した。


 必死の形相の女房がいた。咳き込むように言う。


「昨日、亭主が借金返しにいったまま帰って来ないのです。そして、入口にこんな書付が挟まっていました」


「何と書いてある?」


「あたし、字が読めないんです」


「見せてごらん!」


一平が開いてみると、


〚亭主は預かった。返して欲しくば、永代橋たもとへ昼四つに来い。誰にも言うな。必ず一人で来い。来なければ亭主の命は無い〛


と書かれてあった。(註、昼四つ=朝十時)


                                 つづく

第7回は9月12日火曜日午前10時に掲載します。