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     28.惣領の敬一郎

 藩には大小七つの道場があった。藩の指南番は柳浦が師範代を務める関口流道場から、代々指南番を命じられていた。


 関口流道場の師範代は二人いた。指南番へ直結するため、誰もが目指した。ところが過去の師範代選出に不正があったのだ。


 八年前の藩試合。柳浦と川瀬の試合である。柳浦が勝者となり師範代となった。


 藩は三年ごとに藩試合を催していた。その三年後の試合が川瀬と新見であった。新見が勝った。


 道場では、およそ十年の師範代経験を持って師範とした。但し、師範代は力量によって降ろされた。


 師範代を十年続けることは至難のことであった。十年続ければ、藩の指南番を約束されたと言っても過言では無かった。


 師範代は道場内で筆頭の腕前でなければならない。当然、柳浦と新見の試合が予定された。


 柳浦は勝ち目のない新見との試合を避けたかった。そこで川瀬と新見の果し合いを画策した。


 川瀬は断った。しかし、三年前の試合を露見すると逆に脅された。


 柳浦にとって二人の試合勝者はどちらでも良かった。藩に無断の試合をさせることにあった。

当然二人は咎を受けることになる。


 試合は思わぬ方向に進展した。新見が脱藩したのである。しかし、新見の口を塞ぐ必要があった。


 公然と新見の口を塞ぐ方法があった。それは川瀬の仇討ちを理由とすることであった。


 しかし、仇討ち免状発行は疑問視された。理由は不意打ちを避けられなかった川瀬の技量不足。まして、四対一であった。


 ここに、師範代柳浦の父、藩重職としての権力が動いた。仇討ち免状は発行となった。


 新見は強い、二人では勝てない。幸い、仇討ちに助勢は認められていた。波江に助勢を承諾させれば良かった。


 ところが波江は助勢を断った。松永は柳浦の命を受けて、承諾させるために何度も波江を訪れた。


 同時に柳浦は松永に新見の闇討ちをも指示した。それが浅草の事件である。


 闇討ちは無理だった。新見は夜間外出はしない。そこで、日中の無腰(刀剣を持たない)を狙ったのである。


 江戸家老は川瀬が自害であったことに驚愕した。しかし、今更仇討ち免状を取り下げるわけにはいかない。


 藩の大きな落ち度になる。江戸家老は用人を呼び、波江と敬一郎を料理茶屋へ暮れ六つに出向くよう指示した。

                       

 用人は、二人の長屋に直接出向き料理茶屋へ来るよう伝えた。他に漏れることを危惧したからである。


 二人は半刻早めに料理屋に着き、江戸家老を待った。


 暮れ六つを少し過ぎた時、料理屋の女中が二人を部屋に案内した。


 江戸家老と用人が着座していた。用人は表情が硬く、先程会ったので直ぐわかった。


 家老はにこやかな顔をしていた。二人の畳に擦り付けるような挨拶に、


「顔を上げい!大分苦労をしているようだが、身体は大丈夫か?」


「はい、大丈夫でございます。ご心配ありがとうございます」


 波江が答える。


「そうか、それは何よりだ。突然呼び立てしてすまなかった。実は大事な話をしたい」


 江戸家老は調べ上げた事実を二人に話した。


「と言うわけだが、信じられるか?」


「実は、新見殿を探し出しまして、先日お会いしました」


 波江に変って敬一郎が答える。


「それはまことか?」


「新見殿は私共にわざと討たれるつもりだったようです」


「わざと、とは?」


「勝負して勝てるお方ではありません。父の友人として、討たれてやろうと思われたようです」


「言葉には出されませんが私にはわかります。その情けあるお心に、益々父の死に疑問が湧きました」


「そこで郷里を出立する前日に聞いた、驚愕の話を新見殿に問うてみました」


「それはあるお方を、出立のご挨拶に伺った時の話です」


「あるお方とは?」


「恐れ入りますが、それは申し上げられません」


「ふむ、それで?」


「今お聞き致しましたお話の通りでした。それを承知の上で、父のこれまでの友情に報いたいと言われました」


「そして、自分はいつでもここにいる。藩に仇討ちの手続きを進めてもらいたいと言われました」


「それで、どうするつもりだ?」


「仇討ち手続きは致しません。姉と共に江戸で暮らすことを考えています」


「そうか、藩を出るつもりだな。しばらく住まいで待つが良い。追って沙汰をする」


「これから料理が出て来る。江戸の料理をたっぷり楽しんで行ってくれ。酒も頼んであるでな。我々は藩へ戻る」


 江戸家老はにっこりと笑って言う。


「いえ、私達もおいとま致します」


「せっかくの料理だ。ゆっくり食べて行きなさい。敬一郎!くれぐれも早まったことをするでないぞ」


 初めて食べる料理が次から次へと出て来た。緊張が解けた敬一郎は、お酒もちょっぴり味わった。


 波江は嬉しかった。敬一郎が頼もしかった。はっきり言葉で江戸で暮らすと言った。姉波江に相談も無しで。


 敬一郎は十八歳になったばかりである。いつの間にか川瀬家の惣領になっていた。しかし祖父母のことを考えると胸が詰まるようだった。


 二人は運ばれて来る美味しい料理に、時が過ぎるのを忘れた。半刻が過ぎた頃、今更と思うが遠慮心が芽生えた。


 女中がまだ料理がありますと言うのを二人は帰って来た。


 江戸には知らないことが沢山あるようだ。


 五日後、二人はこの料理茶屋に再び呼び出された。刻限は同じく暮れ六つ。


つづく

次回29回は2月6日朝10時に掲載します