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  22、新しき古い酒

 「失礼致す!」


 無作法にも勝手に引き戸を開けて入って来た。


 敬一郎は楊枝削りを止めて入口を見た。


「あっ、松永様!」


「どうだ敬一郎、何かつかめたか?」


「いえ、なかなかに難しゅうございます」


「そうか、江戸は広いから、なかなか難しいかも知れぬな」


「今、深川を再度回っております」


 突然の事だが、松永はいつもこうである。波江が縫物の手を止めて両手を付き、


「松永様、いつもご心配ありがとうございます」


「波江殿、あまり無理をせぬようにな。そのうち朗報を届けよう」


「ありがとうございます。どうぞお上がり下さい」


「おっ、珍しいことだ。気でも変わったかな?いつでも助っ人するぞ。では、遠慮なく上がらせてもらう」


「敬一郎、あなたもこちらへ座りなさい」


 波江の変わりように松永は驚いた。いつもは入口での立ち話である。二人が座ると、


「敬一郎が、江戸にはもういないのではないかと、ふさぎ始めております」


「そう考えても無理はないかも知れぬ。しかし、近隣の町ではよそ者は目立つし、生活が難しい。やはり、江戸にいると考えて良いだろう」


「しかし、三年にもなります。同じところを何度回り歩いたか知れません」


「敬一郎、焦るでない。まだ三年だ。日が違えば町は変わる。住む人も変わる。同じようで違うのだ。たまには酒でも飲んで心を晴らせ」


「よくぞお勧め下さいました。いくら勧めても口にしません。買い置きの酒が半年もそのままです」


「それはもったいない!酒は放っておくとまずくなる。ちょっと持って来なさい!」


 松永は無類の酒好きであった。


 波江は五合徳利を持ってきた。実は一昨日買って来た。


「どれどれ、うん、これはいかん!酸っぱくなる寸前だ。もったいない!飲んでしまわなければだめだな」


「そうでございますか。よろしかったら、お飲みいただけますか?」


「うん、だめにしたらもったいない。敬一郎一緒に飲もう!」


 飲み始めると五合の酒は直ぐに無くなった。敬一郎は殆ど飲んでいない。波江は買いに走った。


「ほう、口直しか。波江殿ありがとう。やっぱり新しい酒は違う。旨い!古い酒を飲んだご褒美だな!」


「助かりました。だめにしてはもったいないところでした」


 五合徳利も二本目が半分ほどになった。冷酒は旨いが早く酔う。松永は少しも赤くならない。敬一郎は真っ赤である。


「松永様、新見の剣は強いと聞いておりますが、何か秘策はございますか?」


「敬一郎の心配はもっともだ。新見は藩で一、二を争うほどの腕前で、川瀬殿と甲乙を争う相手だった。波江殿助っ人致す。私が声をかければ後二、三人は集まる。お二人では無理だ。返り打ちに合う」


「ありがとうございます。父上の仇討ちは勝つことのみと考えておりません。返り討ちに合うのも仇討ちと考えております」


 松永と敬一郎は酒の入った湯呑を持ったまま顔を見合わせた。


「波江殿どう言うおつもりだ!」


「それはいずれお話致します。しかし、あんなに仲の良かった父上となぜこうなったのか、いまだに合点がいきません」


「理由は知らぬ方が良い」


「えっ、今なんとおっしゃいました?」


 敬一郎が詰め寄るようにして問うた。


「いや、何でもない。言い間違いだ。世の中はわからぬことが多いと言うことだ。酒が過ぎたようだ。馳走になった。今日はこれで失礼する」


 松永は急に立ち上がり帰って行った。


 波江と敬一郎は呆然として、送りもせずその場に座ったままでいる。


                                  つづく

次回23回は12月26日火曜日朝10時に掲載します