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   20、自害

 「姉上、これから行ってみましょう」


「私も気が気ではありませぬ。支度致します。敬一郎も悔いのないお支度を」


「えっ、確かめに行くだけですよ。事はそれからです」


「もし、新見様であったとしたら、事の成り行きはわかりません。そのおつもりでお支度なさい」


「姉上、お言葉ですがそのつもりはありません。谷村様のお話を私は信じております」


「わかりました。敬一郎の思うとおりになさい」


 二人が深川に着いたのは八つ半(15時)を過ぎていた。


「この長屋です。奥から二番目です」


「行きましょう!」


「敬一郎、まさか、いきなり伺うつもりですか?」


「はい、会って見なければ本人かどうかわからないでしょう」


 敬一郎は一直線にずんずんと歩き行く。


 元服したばかりの男とは思えない落ち着きを持っていた。


「失礼致す!」


 大声ではないがしっかりとした声音である。


 やや間をおいて、


「どなた様でいらっしゃいますか?」


 中からきぬが答えた。


「川瀬敬一郎です」


「どうぞ、お入り下さい」


 直ぐにやわらかく引き戸が開いた。


 部屋の中央に一平が座っていた。


「お待ちしていた。どうぞお上がり下さい」


 一平の言葉に、敬一郎は躊躇なく上がった。波江も続いた。


一平は新見一郎であった。


「やっとお目にかかりました」


 敬一郎は会釈をすると、一平を凝視しながら言う。


 一平は静かに落ち着いたように言う。


「覚悟は出来ている。お二人の思う通りに進めて下さい。今日から私は外出はしない」


 (当時の正式な仇討ちは、町役所又は奉行所に仇討ち免状を届けることに始まる。


 この時、双方の住まい若しくは落ち着き先を届ける。その後、町役所又は奉行所より仇討ちの日取りと場所が決められた。


 尚、仇討ち者が他藩の場合は、その藩へ仇討ちの連絡と問い合わせをした。


 しかし、その間に仇討ちされる者が逃げてしまうことがあった。又、憎しみ激しく、その場で仇討ちに及んだ者もいた。


 以上二点を勘案して、仇討ち後の届け出も認められた。この場合、検死と詮議が克明に行われた)


「新見様、お聞きしたいことがあります」


 敬一郎は一平の眼を真っ直ぐに見て聞いた。一平は黙って頷いた。


「父上の事です。谷村様が自害であるとおっしゃいました。本当でしょうか?」


  一平は返事をしなかった。黙って目を瞑った。


「祖父も遺体の斬り口を見て首をかしげていました。しかし、何も言いませんでした」


 それを聞いても一平は、黙って目を瞑ったままである。


「新見様は本当に父上をお斬りになったのですか?」


 問われて、一平は目を開き敬一郎を見た。無言である。


「新見様、差し出がましいですが私にもお話をさせて下さい」


 波江が決意を込めたように言う。一平が頷くと、


「父上の自害は切腹をしたようです。介錯無しです。惨いことです。真相を知りたいのです。教えて下さい」


 介錯無しの言葉に一平は驚愕の顔をし、口を開きそうになったがぐっと言葉を呑んだ。


 敬一郎は一平を睨みつけるように見て、


「お話下さい!新見様は本当に父上をお切りになったのですか?」


 一平は、又目を瞑った。


 波江は悲痛な顔をして、


「新見様、真実が知りたいのです。お話下さいませんか?」


 一平は、両膝の上の拳を、さらに握りしめ眼を開けた。そして、意を決したように、


「では、お話致そう。実は果し合いだった。しかし、この果し合いは始めから疑問が多かった」


「川瀬殿が藩試合の判定を不服に、果し合いを要望されたとは思えない。まして、果たし状が川瀬殿の筆跡では無かった」


「さらに、真剣試合。恨みによる果し合いならともかく、尋常ではない」


「お互い初めての真剣試合だった。私は臆病になっていた。誰かこの試合を止めてくれないかと、正眼に構えている間も考えていた。川瀬殿は冷静に構えておられた」


「その時、切っ先から光が見えた。私は一気に上段へ擦り上げそのまま斬り下した。瞬間奇妙なことに気付いた」


「藩試合の時と同じ剣法である。本来なら、動きが読み取られる同じ手法は使わないはずだ」


「さらに、川瀬殿から殺気が全く感じられなかった。わざと斬られるつもりだと気付いた。しかし、遅かった」


「私の剣は真剣である。木刀のようには寸止めは効かぬ。瞬間、抑えはしたが左手首を切断していた」


「私は慄然とし、川瀬殿に駆け寄った」


「動転した私はその腕を付けようとしたが、どうしてもつかない。出血が酷く、やむなく手首を縛り血止めをした」


「その間中、川瀬殿は私にすまぬすまぬと繰り返し、何か私に話そうとした。その時、取り巻きの三人が寄って来た。川瀬殿は口をつぐんだ」


「私は何か大変なことが起こる予感がした。咄嗟に私が犠牲になるしかないと思った。その三人にお願いした。


『この果し合いは無かったことにしてくれ。新見は試合後の噂を恨みに突然斬り付けて来た。そして、四人を相手では敵わぬと見て逃げた。そう言うことにしてくれ。私はこれから脱藩をする。後をよろしく頼む』


これが川瀬殿との最後になった。後の成り行きを聞くと無念だ」


 語り終えた一平を見て、敬一郎と波江は口を一文字にぎゅっと閉じ涙をこぼしていた。


                               つづく

次回21回は12月12日月曜日朝10時に掲載します