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    18、雨に濡れた女

 女房に亭主が馬乗りになっている。女房は手足をばたばたさせている。亭主は押さえつけるだけで、暴力は振るわない。


 もう直ぐ女房の悔し泣きが始まる。亭主の怒りはその時点で納まる。勝手なものだ。そして喧嘩は終わる。


いつものことながら、亭主には反省があるから冷静になる。入って来た一平に気付いた。


「あっ!先生!まだ漏りますか?」


「いや、雨漏りの礼に来たら、大きな声がする。驚いて飛び込んだ。大丈夫かな?」


「へへへ、面目ありません。夫婦喧嘩です。もう終わりました」


 二人は素早くその場に座り直した。


「先生。いらっしゃいませ!」


 女房は照れくさそうに、左手で胸元を合わせ右手で髪を直しながら挨拶をする。


「先程はありがとう。おかげで雨漏りはぴたりとしなくなった。お代を払いに来た。いかほどかな?」


「いりやせん!さっき、大家にそう言って来やした」


「いや、それは困る。今後頼みにくくなる。いかほどかな?」


「あんた!先生はお困りになるよ。貰っときなさいな」


「すまんな、おいくらかな?」


  一平はにっこり笑いながら言う。


亭主はもじもじしながら、


「それじゃあ、百文もいただきやしょうか?」


 思い切ったように言う。


「そうか、じゃ、ここに置く。ありがとう」


 一平は二朱金を上がり框に置いた。


 (一両÷16=二朱金=250文=6250円)


「とんでもありゃせん!それはいただき過ぎです」


「雨に濡れた仕事だ。少ないくらいだ」


「あっ、濡れたで思いだした。屋根に上がってるとき、若い女が先生の家の入口を、あっしの家の前からじっと見てやした」


 亭主はちょっと声を潜めて、


「大分濡れてましたよ。奥様のいる前じゃ話せないことですがね」


「ばかだよお前さんは!その人は何でもないよ。今度この辺りに越して来たいのだそうだよ」


「女一人では物騒だから、どんな人が住んでいるか聞きに来たんだよ。うちが長屋の一等最初だからね」


「へへ、すいませんね。先生が良い男ですから、色々と思いまして、余計なことでした」


「齢はいくつぐらいだったかな?」


 一平が真顔で女房に聞いた。亭主は驚いたような顔をした。


「へぇ、二十四、五歳ぐらいですかね。綺麗な人で、武家育ちのような人でした」


 雨は上がり薄日が差してきた。遠くに虹がかかっている。


 一平の心は対照的に暗澹とし、胸が締め付けられるようであった。


 直観的に波江ではないかと思った。藩を後にするとき、波江は二十歳であった。


 亡き友が当時こぼしていた。どんな縁談も断るから祖父母が困っていると。おかげで最近ではその話はとんと来なくなったと。


 当時二十歳と言えば年増に位置し、婚期を逸しているとみなされた。


 友とは家柄が違った。友は百石取り。一平は五十俵三人扶持


 (五十俵=十七、五石)


 友とは剣友でなければ付き合いはあり得なかった。


「お帰りなさい。晴れて来ましたよ」


 一平は引き戸を閉めると、いきなりきぬを抱きしめた。


「どうなさったのですか?」


 一平はきぬの口を吸った。一平の胸は張り裂けそうであった。


                                  つづく

 次回19回は11月28日火曜日朝10時に掲載します