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        16、悪辣な手口

 半年程前のことである。志摩の所には十人の男が手習いに来ていた。家賃を払うと食べるにはやっとだが、何とか生活出来る収入を得ていた。


 その男たちは手習いが目的ではあるが、手習いよりも師匠に会うのを楽しみに通っている者もいた。


 志摩は一対一の教え方はしなかった。男たちの時間に合わせて二人か三人の組み合わせで教えていた。


 ある時、柄の悪そうな大男が教えを乞うてきた。満員を理由に志摩は断った。男は意外なほど素直に帰って行った。


 男は見かけとは裏腹に、優しい言葉遣いとにっこり笑顔で話をする。大変感じが良かった。それから度々お土産持参で空きは無いかと尋ねて来た。


 訪ねて来た翌日、一人が急に辞めた。生活を考えると困った。その男を教えることにした。


 ここからおかしなことが始まった。この男と組み合わせた組は、次々と手習い者が辞めていった。


 半分の五人に減った時、さすがにおかしいと思い男に辞めてもらうよう促した。


 どう話しても理由を話せと辞めてくれない。結局、二人の組に組み入れた。


 半年も経つと家賃が払えなくなった。そんな時、男は余分な金が入ったのでと、一年分の手習い料を払ってくれた。志摩は助かった。


 しかし、前払いを受けたからには辞めてもらうわけには行かなくなった。


 それから一か月の間に次々と皆辞めて行き、この男一人だけとなった。


 後でわかったことだが、皆この男に脅されて辞めて行ったのだった。


 前払いを受けているから、一人になったからと辞めてもらうわけには行かなかった。


 男が急変したのはそれからだった。急に金が必要になったから返してくれと言う。


 借金ではありません、手習い料金ですと言うと、直ぐ返してくれと言う。少し待って下さいと言うと、借金と同じだろうと言い切られた。


 借金をした相手が、師匠に貸している借用書が無ければ、待ってくれないと言う。


 志摩は強引に、一両一分(約12万円。一両=四分)の借用書を書かされた。


 そこには十日後の返済期限も書かされた。その日から男は手習いに来なくなった。その期限が今日であった。


 男には夜が明けるのが待ち遠しかったのだろう。朝早く取り立てに来た。


 今はありません、もう少し待ってくださいと言うと、それなら仕方ない、利息だけでも払えと飛びかかって来た。


 志摩は必死で隣に逃げて来た。


「何だ!文句あるのか!」


 男は濁った血走った眼をしている。背は六尺程の大男だ。一平を歯牙にもかけない態度である。志摩をずるずると引きずり出す。


「手を離せ」


 一平は男の前に立ち静かに言った。男は手を離すと同時に殴りかかって来た。


 一平はその手を一瞬につかむと左巻きにひねり上げた。同時に左足を蹴飛ばした。


「痛ててて!」


 男は右腕を捻り上げられたまま、地面に膝まづいた。が、直ぐに立ち上がろうとする。しかし、動けば腕が折れそうに痛い。


「この野郎!離せ!」


 その声を無視するかのように平然として一平は言う。


「志摩さん、大丈夫ですか?」


「はい、ありがとうございます」


「このあま!借金返せ!痛ててて!」


 一平がさらに捻り上げる。


「志摩さん、本当ですか?」


「仕組まれたのです。手習いに来られている人を脅して全員来ないようにして、その上で手習い料を先払いするとお金を置いて行ったのです」


「俺は困っていると思ったから先払いしてやったんだ!痛ててて!」


「そして、十日前、借用書を無理やり書かされたのです」


 それを聞いた一平は、


「おい!借用書を出せ!」


「腕を離してくれ!出すから!痛ててて!」


「どこにある?」


「懐の中だ!」


 一平は片手で男の懐から取り出した。見ると一両一分の借用書になっている。


「志摩さん間違いありませんか?」


「一年分の手習い料として置いて行ったものです」


「借金だ!俺が貸したんだ!」


「私は借りた覚えはありません」


「志摩さん、この男が来る前まで月々いくらの手習い料がありましたか?」


「はい、月に一両ございました」


「この男が来てから無くなったわけですね」


「はい、食べるのにも困るようになりました」


「この男が来るようになってどのくらいになる?」


「はい、七か月になります」


「そうすると七両の収入が無くなったわけですね」


「おい!七両の弁償をしろ!」


「そりゃーないぜ!痛ててて!」


 一平はさらに捻った。


「どうする?払うか!どうだ!腕が折れるぞ!いいか!」


「勘弁して下さいよ。借用書は無しにしますから!」


「それを引くと、後五両三分だな、借用書を書け!」


「勘弁して下さい、今手持ちに二両あります。それで無しにして下さい」


 一平は手を離した。男は懐に手を入れるふりをして一目散に逃げて行った。


 いつの間にか長屋の住民が遠巻きに見ていた。


 一平はわざと逃げる隙を作ったのであった。男が二度と志摩の所へ来ないための策である。そして、手元の借用書を破いた。


「志摩さん、これで大丈夫だ」


 志摩はその場に泣き崩れた。お礼を言おうにも声にならなかった。


 きぬは志摩をかばうように抱き起し、自分の長屋に連れて入った。


                                  つづく

次回17回は11月14日火曜日朝10時に掲載致します。