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    15、隣の女

 明け六つ半(7時)、コツコツと遠慮めいた音で、戸を叩く者がいる。


 二人は食後のお茶を飲んでいた。こんな朝早くにと、顔を見合わせて入口を見る。


 きぬが立ち上がった。


「待ちなさい、私が出よう」


 一平はすくっと立ち上がり、戸の三尺前で、


「どなたかな?」


 女の優しい声音で、 


「おはようございます。隣の志摩です。おきぬさんいらっしゃいますか?」


「少し待ちなさい」


「きぬ、お隣さんのようだ。出なさい」


 きぬが戸を開けると志摩が立っていた。井戸端で時々顔を合わす。歳の頃二十七、八の大年増である。


 ぬけるように色白く、少し上がり目できりっとした顔は、やつれてはいるが、品の良い顔をしている。とても手習いの師匠とは思えない。


「あら、お志摩さん。おはようございます。どうかなさいました?」


「おきぬさん、朝早くにすみません。申し訳ありませんが、お米とお味噌を少しお貸し願えませんか?」


「お安い御用ですよ。ちょっと待って下さいね」


 きぬは米を一升程ざるに、味噌をお椀に入れて差し出した。


「こんなに沢山お借りして良いのですか?」


「どうぞ!お使いください。朝早くはお店が開いていませんから、大変でしたね」


「お店が開いたらすぐにお返しします」


「いいえ、お米は沢山の戴き物があります。貰っていただきますと助かります。悪くしてしまったら、戴きました方に申し訳ありませんから」


 志摩が長屋中からお米などを借り回っているのを、きぬは聞いていた。


「ありがとうございます」


 志摩はすまなさそうな顔をして帰って行った。


「お隣さんか?初めて見たね」


「何を言っているんですか、引っ越しのご挨拶に伺ったでしょう」


「旦那と一緒だったのかな?だから印象に無いのかも知れない」


「あら!お綺麗な方ですのに、覚えていないのですか?」


「うん、覚えてないね」


 二人が越して来てひと月になる。志摩はこの間驚く程痩せた。


 きぬはほぼ毎日井戸端で顔を合わすから気付かない。


 まして、今朝はしっかり化粧をしている。


「お志摩さんはお一人ですよ。だから手習いのお師匠さんをしているのですよ」


「手習いの師匠とは珍しいね」


「初めは子供たちが、大勢来ていたらしいのです。でも近くに寺小屋が出来てから、子供が全然来なくなったんですって」


「それは気の毒だね」


「そうなんですよ。それで大人の手習いを始めたそうです」


「それは良い思いつきだ。まだまだ字を書けない人がいるようだから」


「ところがね、始めた頃は子供の数ほどではありませんが、結構習いに来ていたらしいのです。でも覚えたら来なくなるでしょう。今は少なくなって大変ですって」


「世の中は難しいね」


 一平は感慨深く言う。そして、


「三味線なら今流行だから、習いたい人も沢山いるだろうけどね」


「三味線も出来るそうですよ。でもね、音がうるさいので


長屋では教えられないのですって」


「何か方法は無いのものかな?」


「大家さんがだめだと言ったそうですよ」


 その時、突然入口が開いて、志摩が飛び込んできた。


「助けて下さい!」


 その後ろから人相の悪い男が入って来て、志摩の襟首を掴み、引き戻そうとする。


「ごめんよ!ちょっと邪魔するぜ!」


 見ると志摩は帯を引きずっている。


 その男は大男で馬鹿力を持つ。襟首を掴みずるずると志摩を外へ引っ張りだす。


「待て!」


 一平が立ち上がった。


                                つづく

 次回16回は11月7日火曜日朝10時に掲載します