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     14、変人長屋

 四月に入った。江戸は衣替えになる。歩く人々は重々しい冬の装いから軽快な装いに変わり、街中も軽やかな雰囲気に満ちていた。


 一平ときぬが引っ越して来て、今日で五日目になる。ここは同じ深川ではあるが深川八幡に近く、街中と言っても良い所である。


 たばこ屋の親爺は二人の結婚を祝福した。そして、この長屋を紹介した。六畳一間に土間の一回り大きな部屋である。


 大家はたばこ屋と旧知の仲であり、何かと世話を焼いてくれた。


 二人は夕食を終え、向かい合ってお茶を飲んでいた。暮れ六つである。(18時)


 右隣からドスンバタンと急に音がした。何事が起きたかと顔を見合わせた。


「助けて下さい!助けて下さい!」


 入口を叩きながら女の声がする。一平が急ぎ開けると、


「喧嘩です。止めて下さい!お願いします!お願いします!」


「どこだ?」


「部屋の中です!止めて下さい!」


 一平は裸足のまま飛び出し、隣の部屋に入った。


 二人の男が髪をざんばらにして組むず解れつして殴り合っている。


 上になっている男の腕をひねり引き離すと、下の男が飛び上がり上の男に殴り掛かって来た。一平がその手を手刀で叩くと、


「いてーっ!」


 と、腕を押さえて座り込んだ。そこを上の男が足で下の男を蹴ろうとする。一平は即座にもう片方の足を払ったから堪らない。仰向けにドスンと大きな音を立ててひっくり返った。が、直ぐ立ち上がった。


「止めい!」


 肝を刺すような鋭い声に二人はおとなしくなった。


「どうした?何を揉めている」


「はい、この野郎が待ったをさせないんです。てめぇーは何度も待ったするくせに、あっしの番ではさせないんです」


「なに言ってやんでぇ!それは昨日の事。今日は一度も待ったはしてねぇ!」


「今日は待ったなしって、いつ決めた!」


「ばやろ!何も言わないときは待ったなしと言うことだ。そんなことは誰でも知ってるよ」


「何だ?その待ったとは?」


「へぇ!将棋でさぁ」


 と指を指す。見れば将棋の駒が部屋中に飛び散っている。一平の藩でも将棋は流行っていた。幕府に将棋所があり俸禄を受ける者もいた。自然、庶民にも広がり娯楽の一つになっていた。


「しかし、殴り合いをするほどの事ではなかろう」


「先生!すんません。お騒がせしました」


 以外に素直である。年嵩の男が頭を下げる。女房の亭主だ。


もう一人の男はおでこに出来たこぶを押さえながら一緒に頭を下げる。そして上目遣いに、


「先生!将棋はおやりですか?」


「いや、やらない」


「やらないとは、お出来になると言うことですね」


「どうしてだ?」


「普通はそう尋ねると、指せない者は出来ないと言います」


 一平は懐かしい思いでいた。今は亡き友と、時々指し合った頃が胸を去来した。その一瞬の沈黙にこぶ男が、


「先生!一手お願いします」


「ばかやろう!俺が先だ!」


 一平の返事を待たずに言い合う。二人の将棋好きは度を越えている。


 組んず解れつして殴り合った後とは思えない。けろっとして言い合いを始める。


 一平はあきれた。ここまでだ。


「仲良く二人で指すんだな!」


 二人は我に返った。


「先生!ありがとうございました」


 口々に言う。二人を残して表に出ると、女房が、


「大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だ。子供の喧嘩のようなものだ」


「ありがとうございました」


 女房は何度も頭を下げる。


 側にきぬも立っていた。心配そうな顔をしている。


「さ、帰るよ!」


 一平に促されて、きぬは一緒に部屋に帰って行った。


 この長屋に引っ越し早々、騒ぎに巻き込まれた。


 しかし、これは序説に過ぎなかった。


                             つづく

次回15回は10月31日朝10時に掲載します