Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

      13、一平の過去

 一平はきぬの不安そうな顔を見て、にっこり笑いながら淡々と話し始めた。


「四年程前の秋、藩で武芸を競う勝ち抜き試合が行われた。二組に分けられ、最後はそれぞれ勝ち抜いた者同士の試合になる」


「一組は私が勝ち抜いた。もう一組は友だった。試合は木剣」を遣い寸止めと言って、身体の一寸手前で止める決まりだった」


「正面左が私、右が友。暫時見合った後、同時に切りかかった。私は面、友は胴。審判は私の勝ちと判定した」


「ところが、友の取り巻き達が試合の後、友の勝ちだったと騒ぎ始めた」


「試合の場で審判への異議を唱えなかったのは、命の覚悟が必要だったからである」


「私は友が右袈裟に胴を斬って来ると直感し、その剣先が動く瞬間友の頭上で木剣を止めた。友の木剣は私の右脇で静止した。一瞬のことであり、相打ちに見えたかも知れない」


「その取り巻き達は言った。審判から見れば私の右胴は身体の影になり見えにくい。ましてや、真剣なら見える見えないもない。命を落としていたはずだ。勝敗は歴然だと言う」


「三日後、友と果し合いをすることになった。取り巻きがけしかけたのは後でわかった」


「結局、真剣での果し合いになった。だが友も私も真剣で斬り合うのは初めてだった」


「私は恐怖に満ちて身体が硬直してきた。友も同じようだった」


「私は誰か止めてくれと心で叫んだ。その時友の切っ先が動いた。馬鹿な!試合と同じく右袈裟に斬って来た」


「斬る気はなかった。雑念を入れた分だけ遅れをとった。避けられない。左手を切り落としてしまった」


「友は私に斬られることで、この勝負を納めようとしたようだ」


「本来なら、私が斬られていたはずだ。友の剣捌きは早い。私は一瞬の後れを取った。頭上に振り下ろす途中に、右胴は斬られていたはずである」


「私は友の腕をたすきで縛り、血止めをした。友は歯を食いしばりながら、すまないすまないと言った」


「その時、取り巻3人が駆け寄って来た。私は言った」


「この果し合いは無かったことにしてくれ。試合の噂を恨みに、私が不意に切りかかって来たことにしてくれ」


「そして、私が罪を恐れて逐電したことにしてくれ。友の手当てをよろしく頼む」


「そう言い置いて、その場を去った」


「そうすれば友は藩から咎めを受けること無くなる。そう思った」


「そして江戸へ来た」


「何故ですか?相手が悪いのに、なぜ犠牲にならなくてはならないのですか?一平さんは、ご家族のことはお考えにならなかったのですか?」


 きぬは怒りをあらわにして言う。


「父母は前年に病で亡くなった。兄弟も無い。その私をいつも慰め助けてくれたのが友だった。友がいなければ、私は生きていなかったかも知れない。私の無二の親友だった」


「友には両親と娘と息子がいる。私は一人で身軽だったからね」


「しかし、それは誤算だった。友は私が去った後、あの場所で自刃した。取り巻き達は、私に斬り殺されたと藩に届け出たそうだ」


「それは江戸に来て半年経った頃、私の家僕からの手紙で知った。今は百姓をして暮らしているようだ」


「その姉と弟が仇討ち免状を得て、一昨年仇討ちの旅に出たそうだ」


「おかしいですね。なぜ、直ぐに仇討ちに出なかったのでしょ

う?」


「それは弟が元服するのを待っていたからだ」


「おきぬちゃん!私は敵討ちされる所以は無い」


 ここで一平は沈黙し、目を瞑った。


 しばらく目を瞑ったままでいたが、何か決意をしたようだ。目を開け、


「おきぬちゃん。これからも一緒に居てくれないか!おきぬちゃんといると、なぜか一日が楽しい。これほど一日が楽しいと思ったことはない」


 一平は物心がついた頃から剣の修業をさせられた。苦痛だった。江戸に来てからは賃粉切りの毎日、食べるための作業だ。


 しかし、今は違う。きぬがいる。いることが楽しい。賃粉切りを教えることも一緒に作業することも楽しい。


 これが幸せと言うのかも知れない。生きる喜びを知った。一平は決意したように言う。


「どんなことがあってもおきぬちゃんを守る。一緒に居て欲しい」


「妻になってくれ!」


「はい!」


 直ぐに答えた。きぬは泣きそうな顔になった。


 そして、きぬは座りを改め両手をついてきっぱりと言った。


「いつまでも側に置いて下さい。どうぞよろしくお願い致します」


 一平はせつなくて嬉しくてきぬを抱きしめた。


 きぬは一平の温もりを身体で感じ、幸せの温もりを知った。


 嬉しさに涙が込み上げて来た。きぬは急に声を上げて泣き出した。


 堰を切ったように涙が溢れ出た。


                                つづく

次回14回は10月24日午前10時掲載です。