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   12、きぬの幸せ

  「さ、今日はここまでだ!」


「はい!」


「おきぬちゃん、疲れただろう。大丈夫か?」


「いいえ、少しも疲れていません」


 嬉しそうににっこり笑って言う。


「私は風呂に行って来る」


「どうぞ、行って来て下さい。その間に夕ご飯をお作り致します」


「いや、おきぬちゃんも一緒に行こう!」


 一平はにっこり笑って言う。きぬはその顔を見て何だかくすぐったいような気恥ずかしさを感じて、頬を赤くした。


「はい、では用意致します」


 二人は長屋を一緒に出た。きぬは長屋に住みながらも武家の躾を身につけていた。一平より三歩程後から歩いた。一平もそれを自然に捉えていた。


 銭湯の前まで来ると、


「おきぬちゃん、ゆっくり入ってお出で、私は長湯だから先に帰ってて良いよ」


 一平は長湯だった。半刻程して長屋に帰ると、きぬが夕食の支度をしていた。


「お帰りなさい!」


 急いできぬが寄って来た。襟足からふわっと甘い肌の匂いがした。洗いたての肌の匂いは一平の身体をくすぐった。


「お腹空いたでしょう?もう直ぐ夕ご飯です」


 一平は言葉が出なかった。きぬを抱きしめた。


 愛しくてならない。口を吸った。きぬは嬉しくてじっとしていた。そのまま二人は暫く立ったまま抱き合っていたが、一平は急に思いついたように、


「ご飯だったね。ごめん」


 そっときぬを離した。


  きぬは返事が出来なかった。黙って頷いた。


 一平には長風呂の理由があった。きぬに大事な話をしなければならなかった。自分と一緒に居ることは命を危険に晒すことになる。


 しかし、そのことを話せば間違いなく誤解され、きぬは去るだろう。それはそれで良い。きぬを巻き込みたくなかったからである。


 そう思いながらも、どう話ししたら良いかと思案していたのである。そして、ありのままに話すことに決めた。


 しかし、一平の心は揺れた。きぬが愛おしくてたまらない。これで別れることになるのかと思うと、せつなくて抱きしめられずにはいられなかった。


 一平は苦悩に満ちた。


 夕食が終わり、きぬはお茶を淹れた。なぜか一平は目を閉じている。


「お休みになりますか?」


「いや、話しておきたいことがある」


 一平はきぬを真剣な眼差しで見た。


「私は仇として狙われている。追われている身だ。おきぬちゃんとは夫婦になれない。先に言うべきだった。ごめん、この通りだ」


 一平は正座に座り直し、頭を下げた。


「どう言うことですか?夫婦になれないと言うことでしたら私は構いません。ひょっとして別れたいと言うことですか?」


「いつどんなことが起きるかも知れない。おきぬちゃんを巻き込みたくないのだ」


「私は一平さんのお側に居るだけで良いのです。お願いですから、これまで通りお側に置いて下さい」


「命を落とすことになるかも知れないよ」


「構いません。一平さんと一緒にいられるなら、命もいりません」


 きぬは毅然とした顔で言う。


「ありがとう。しかし、私に万一のことがあれば、心残りはおきぬちゃんだ。幸せにしたい。それが私には出来ない。だから今のうちに別れた方が良いと思う」


「幸せって何ですか?私の幸せは一平さんと一緒に居ることです」


「なぜ敵討ちにされるか話していないのだよ。どんな悪い男かも知れないのだよ」


「知らなくていいのです。私が決めることです。それに昔のことはどうでも良いのです」


 きぬは決意に満ちた言い方をした。


 一平はきぬをじっと見つめた。きぬの並々ならぬ決意の表情に、


「それでは聞いてくれ、私がなぜ藩から雲隠れしたか。人は逃げたひきょうものと言っているようだ。少し長くなるが訳を話す。聞いてくれ」


                                つづく

次回13回は10月17日火曜日午前10時に掲載します。