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   9、お静の身の上

 長屋の井戸端は朝五つを四半刻も過ぎると賑やかになる。かみさん達の井戸端会議が始まっていた。


 (朝五つと四半刻=八時半)


 三人のかみさんが洗い物をしながら好き勝手に話している。洗い物しながらの話だから自然と声が大きくなる。


「あれ?お静さんだよ。今日は遅いね」


「違うよ、さっき来たよ。あんたがまだ来ないうちね」


「じゃ、二度目?珍しいね。何だろね」


「そりゃ余計なこと。色々あるんだろう」


「色って色事かい?」


「あんたどうしてそう言う事しか考えられないんだよ。朝っぱらから…。あっ、そうか!ご無沙汰してんだ?」


「あんたと違うよ!あたしゃ毎晩でくたくただよ。でもね、先生どうしてるんだろうね」


「何をさ?」


「とぼけちゃって、ははあ、あんた先生に岡惚れしてんだ!」


「入ってっちゃったよ。あれ?戸締めちゃった」


「当たり前だよ。焼いてんのかい?相手が違うよ!」


「お静さんはこの辺じゃ評判の美人だからね」


「あんた!それあたしの洗濯もんだよ。洗ってくれんの?」


「あっ、間違えた!」


「黙って洗って貰えば良かった。先生のとこばっかり見てるからだよ!」


「でも、こんなこと初めてだから」


 三人のかみさんは、いつもこの調子で話題に事欠くことは無かった。


 兵馬の部屋ではお静が湯を沸かそうとしていた。


「桜餅とは珍しいな」


「毎年、今の時期に親爺さんは作るのです」


「そうか、私がお店に行くようになったのは去年の五月頃からだからね」


「先生がお出でになるようになって、そろそろ一年になります」


「すまないね。湯を沸かすのが面倒くさくてね」


「言って下さればいつでも沸かしますよ」


 お湯が沸いたようだ。お静は上がり框にお茶を用意し始めた。


「お静ちゃん、上がんなさい!一緒に飲もう」


「いえ、ここで結構です」


「たまには良いではないか、上がんなさい!そこでは折角の桜餅が台無しだ」


「はい!それでは失礼します」


 お静は嬉しかった。初めて部屋に上った。


「どうぞ!」


 お茶を差し出す。


 兵馬は竹の皮包みを開いた。三つの桜餅が入っていた。その一つを掴むとがぶりと一口食べた。


 桜の葉の良い匂いが口に広がる。同時に餡の甘さに嬉しくなった。久しぶりに味あう甘さだった。


「先生!桜の葉のままお食べになるのですか?」


「そうだよ、お静ちゃんも食べなさい」


「いえ、あたしはお店でいただきますから」


「そう言わないで、ほら食べなさい」


 兵馬は桜餅を掴んでお静に差し出す。お静は遠慮して手をを出さない。兵馬はお静の片手を取って渡そうとする。


 お静は兵馬に手を掴まれて嬉しくなった。桜餅などどうでも良い。掴んでいて欲しい。兵馬の手は温かい手だった。


 お静はそっとその手にもう一方の片手を添えて外そうとした。遠慮のつもりだった。


 兵馬はそれを避けさせようともう片手を添えた。二人は両手と両手で重ねあった。


 お静は嬉しさと恥ずかしさで頬を赤く染めた。


「あっ、ごめん!無理に勧めてしまったね」


 兵馬は重ねた手を外した。お静も自然に手を引いた。本心はもっと重ねていたかった。


「いえ、いただきます。遠慮してすみません」


「やっぱり遠慮してたのだ」


「大好きなんです。でも、あたしが食べたら残り一つになるでしょう」


「馬鹿だね、二つ食べれば十分だよ。それよりお静ちゃんとお茶を飲みながら二人で食べることが良いんだよ」


「本当ですか?あたし嬉しい」


「さ、食べなさい!一緒に食べよう」


「あれ?桜の葉を取るの?」


「はい、そうです」


「それはもったいないね。桜餅は、その桜の葉の香りと塩っ気が混じり合って美味しいのだよ」


「でも先生、この桜の葉に白湯をかけて飲むんです。良い匂いと微かな塩っ気で上品な桜湯になりますよ」


「ほう!それは知らなかった。やってみよう」


 兵馬は残りの一個の桜の葉を上手にはがした。そして湯呑のお茶をぐっと飲み干し、そこにその葉を入れた。


「先生、今お湯を持って来ます」


 鉄瓶のお湯は冷めにくい。お静は鉄瓶ごと持って来た。兵馬の湯呑に三分の一程注いだ。


「どうぞ!」


 兵馬は湯呑を口元まで持って行くと桜の葉の良い匂いがした。口に含むと微かな塩っ気のする上品な桜湯になっていた。


「なるほど、これは知らなかった。良い事を教えてくれたね」


「だから親爺さんは桜餅が自慢なんです。毎年、桜の新葉だけ、しかも柔らかい葉だけを選び塩漬けにします。塩加減が難しいらしいです」


「お静ちゃんは親爺さんの身内かな?」


「はい、妹の娘です」


「親爺さんの妹?」


「そうです。母が妹です。母が亡くなってからお店を手伝っています」


「つかぬことを聞くが、母上はご病気で亡くなられたのかな?それと父上はどうされた?」


「はい、母は風邪を長く患っていましたが五年前に亡くなりました。父はいません。母と二人暮らしでした」


「それは苦労したね。生活が大変だっただろう」


「はい、叔父さんが色々と面倒を見てくれましたから」


 お静は明るく話す。それが兵馬をせつなくさせた。何とも返答が出来ず黙っていると、


「母が亡くなってからお店を手伝っています。お客さんの前ではおじさんと言わず親爺さんと呼んでいます。今では普段もそうです」


「そう言えば親爺さんと少し似ているね」


「変なこと言わないで下さい!似てませんよ。まさか父親かもと言いたいのでしょう?」


「いや、それは無いが・・・」


「父の事は母は話してくれませんでしたが、親爺さんの話では武士だったようです。実は親爺さんも武士でした」


「うん、それはわかる。立ち振る舞いの所作でそう思っていた」


 兵馬はお静の話を聞きながら、ふと気になることがあった。


                   つづく

次回10回は4月24日火曜日朝10時に掲載します。