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     8、桜餅

 めし屋は明け六つから客を入れる。朝五つに朝の部は終了する。その近くになると客は殆どいなくなる。


(明け六つ=六時、朝五つ=八時)


 朝の忙しさは始めの半刻(一時間)に集中する。江戸っ子の早食いは常識だった。


 もう直ぐ朝五つになる。客は二人いた。一人は食べてる最中である。


「お静、持って行くの少し待ってくれ、いわしの丸干しがもう直ぐ焼ける」


「はーい!待ってます」


「三匹焼くも六匹焼くのも一緒だからな」


「ほら焼けた!達っつあんのめし、先に出してくれ。それからこの三匹は先生に持って行ってくれ」


「はい!わかりました」


 どんぶりめしは、毎朝兵馬への出前である。どんぶりめしだけの注文だが親爺の気分でおかずを付ける。


 このめし屋は出前はしない。どんぶりめしだけで良いからと兵馬が無理に頼んだのである。


 おかずを付けたら出前はかさばる。どんぶり一つならと親爺は承諾した。


 出前するお静はかさばっても良い。兵馬に喜んで貰いたいのだ。お静の声が弾んでいる。


 今朝の兵馬は目覚めが早かった。六時から起きている。早起きして一刻も経つとさすがに腹が空いてくる。


 どんぶりめしの来るのが待ち遠しかった。今か今かと引き戸を見ていた。


 とんとんと小さく叩く音がして引き戸が静かに開いた。お静がそっと入って来た。


「お静ちゃん、おはよう!」


 お静は予期せぬ突然の声にびっくりして、


「あらー!起きていたのですか?」


「待ってたんだよ!」


「わかってますよ。どんぶりめしでしょう!」


 それでもお静は、嬉しそうにどんぶりめしと焼いた丸干しを上がり框に並べた。


「いわしの丸干し持って来ました。親爺さんからです」


 兵馬が直ぐ寄って来た。


「良い匂いだ!うまそう!どれ、早速食べるか」


「どうぞ食べて下さい。今焼いたばかりだからおいしいですよ。では、帰ります」


「お静ちゃん、昨日はごめんね」


「えっ、何がですか?」


「いや、何でもない。いつもありがとう。親爺さんによろしくね!」


「はい、伝えます」


 お静はにっこり笑って見せた。出してあった昨日のどんぶりと皿を手早く風呂敷に包み、帰って行った。


 兵馬はその笑顔になぜかせつなくなった。


 どんぶりめしを届けて貰うようになって半年になる。こんな気持ちになったのは初めてだ。


 めし屋に帰るともう客は誰もいなかった。


「ただいま!先生が親爺さんによろしくとおっしゃってました」


「それは良かった。これからも何か一品持って行ってもらおうかな?」


「先生喜ぶと思いますよ」


「わしも先生に頼まれたときは、面倒だからめしだけならとお受けしたが、お静ちゃん次第だ。持って行って貰えるかな?」


「はい!あたしは大丈夫です。一つも二つも同じです」


 お静は嬉しそうに答えた。


「よし!明日からそうしよう」


 親爺も何だか嬉しそうだ。


「それから桜餅が出来たよ。帰りに持って帰んな!」


「あっ、嬉しい!そろそろかなって待ってました」


「そうだ!先生にも届けてくれないか」


「はい!わかりました」


「じゃ、今日は片付けはしなくて良いよ。もう帰りなさい!今包むからね」


「ありがとうございます。その間に片付けます」


 お静は手際良く片付けると、桜餅を手にして兵馬の長屋へ向かった。後姿が嬉しそうに笑っていた。


                     つづく

次回9回は4月17日朝10時に掲載します